第37話 恋人候補は競いたい
これまでのことを語るとなると、時間がそこそこかかる。
九条、雫、琴海の各人との思い出がある。それぞれに固有のエピソードがある。
自分がいかに、彼女たちに時間を割いていたのか――三人の話を聞きながら、再確認するのだった。
「……よくよく理解した。つまるところせいくんは」
雫が全体をまとめようと、必死に思考をめぐらしていた。
「全員に対し、平等に思わせぶりであったということで間違いなさそうだ」
「誰も、振り落とせなかった。それゆえの覚悟だよ」
「それでは許されないな! これぞ、善性の残酷さというやつよ」
雫の発言に対し、九条も琴海もうんうんと激しく頷いている。
「私たちを思ってくれる気持ちはとってもわかった。でも、もし相談役じゃなかったら、ただただ私たちを安全圏から遊んでいたってことになりそう」
淡々と痛いところをついてくる。そんな九条だった。
「否定はできないね」
「そうなると、誠一郎くんに残された選択肢は、すくなくなさそうね」
九条は続けて語った。
「はっきりとしないと、今後のこと。このまま、宙ぶらりんの状態を続けていくのか、関係を淡白なものに変えるのか」
「決めなくちゃいけなさそうだね」
優柔不断だとは、重々承知している。
でも、さしあたりこれが正しいと信じていたから、続けてきた。
それで問題が生じた。側から見れば、ここ数ヶ月の間で、突然発生した問題。
しかし、実態としては、前々からの潜在的な問題だった。
「どうしたいのだ、せいくんよ。私たちは、答えを望んでいる」
「そう、そうなんです。はっきりさせておきたいんですよ」
詰められてもなお、僕は即答できなかった。
「僕は……」
誠実でありたいと思う。それでもやはり、全員を捨てたくないと願ってしまう。
そうなるとやはり、当たり前の考えから脱却しなければならない。
「……変えない」
「正気を失ったか、せいくん?」
「いや、いたって冷静だよ」
そう呟くと、三人は呆れたとでもいいたげな表情を見せた。
「三人の中から、ひとりしか選ばれない。これほど残酷なことはない」
「世の中は競争なんです。人々は、手に入れるか否かという二種類に別れます。これは摂理なんですよ?」
「誠一郎くん。私は、みんなのなかで一番になりたいの。これは信条といっていいかもしれない」
雫は黙って腕を組むだけだった。腑に落ちないことには、誰しも変わりはない。
「みんなの気持ちはわかっている。ただ、いったん冷静になって考えてほしい。全員が彼女になれば、全員がプラス。そうじゃないのかな」
続けて、僕は全員彼女でどうか、という考えをぶつけた。
要するにこれは、現状の正当化でしかない。いい訳を、新たにこねくり回しているにすぎない。
苦し紛れの発言でありながらも、三人ともしっかりと聞いてくれた。
「……というような考えに、現在至っている。これに対して、賛成または反対で答えてほしい」
数秒の間を置いて、答えが返ってきた。
「反対です」
「むろんダメだ」
「私は反対かな」
異口同音というやつだった。
「そうか、ダメか……」
みんなが一番で、戦う必要なんてない。
まやかしの理論は、強い信条を持つ彼女たちには無意味だった。
「せいくんは、私たちをわかってくれている。しかし、今回の発言には、妥協が見られた」
「かもしれないね」
「では、幼馴染の私からいわせてもらおうではないか! せいくんではなく!」
雫の要求は、すでに固まっているらしい。
「要求は三つだ」
ひとつ。私は、せいくんの彼女という座を狙い続ける。
ふたつ。他の彼女候補が、せいくんと会うのは禁じない。
みっつ。相談役としての役割は尊重する。
この三点が、雫から提示された。
「結局のところ、現状とあまり変わらない要求だ。されど、積極的な現状維持なのだよ」
「雫はよくとも、他のふたりはいいのかな」
琴海は「もちろん!」と返し、九条は「望むところよ」と返した。
僕の懸念は、杞憂に終わっていたらしい。
三人とも、胸の中に熱い炎を燃やしており、戦う気満々であるということ。相手がどうしようと、自分は勝つという強い意気込みがあること。
「考えすぎだったかもしれないね。やっぱり、無理を通そうとするのはよくない」
「ですね! それはそれとして、他の子と楽しそうにしてるのに嫉妬しちゃうのは、自然の摂理だと覚えておいてくださいね。安田くん?」
「睨まないでほしいな」
「このくらいにしておきます。過去は変えられません。これからは、承知のうえで楽しく過ごしましょ?」
琴海が完全に場を引っ張っているのは、なんだか新鮮だ。
「おいしいところを新入りが持っていくとは、先輩からの指導が必要らしいな?」
「そんな姿を見て、ユーリア様は喜びますか?」
「くっ、我に信仰心を試そうとしているな? 卑怯な!」
「使えるものはとことん使いますから。ね?」
琴海はもはや、新入りとは思えぬ様相を見せていた。あっという間に彼女候補のひとりとなった。
三人の顔合わせは達成されたということで、本日は解散ということになった。
帰り道、三人で一緒に歩くのが大変なことになるとは思っていなかった。
「我がせいくんの隣をとる。知り合い歴の長い者こそ敬われるべきだ」
「いまや年功序列も崩壊しつつあります。若者にも譲られるべきなんです!?」
「校内での地位を考えれば、委員長の私こそふさわしいんじゃないかしら?」
押し合いが繰り広げられた。
周りの目線も気になるので、時間としては短いものになった。かなり疲れた。
結局、三人が僕を取り囲むような形に落ち着いた。さながら三角形の外心だった。
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