第36話 巡り会った三人は、対話に出る

「こ、この方達は?」


 琴海は驚愕を隠しきれない様子だった。


 九条と雫を引き連れ、ここまできた。


 雫が呆れていたのはいわずもがなであって、ふたりの間で軽くひと悶着あったのもいわずもがなだ。


「そうだね、これは要するに……」


 僕がいうと、控えていたふたりは。


「未来の彼氏、なんですよ」

「私の彼氏になる男なのだよ」


 こう述べた。ふたりとも、自信のほどはなかなかのものであった。


「なるほど、噂の初対面ですね。唐突なのが気になりますが」 

「想定外だったんだ。わかってほしい。いろいろな葛藤の末にたどりついたのだと」

「いいですよ。安田くんは、そういう人だって百も承知ですから」  


 この発言を受けて、雫は固まってしまった。


「安田くん、そうか……この清楚な子がいうことによって、爆発力は通常の十倍は下らないだろう。なんたる策士か! 私にはできない、やはり逸材とでもいおうか」


 雫は長々と、琴海の分析を語るのだった。


「この子が、白石琴海って子ね」


 対して九条は、冷静に反応するのだった。


「はい、白石琴海です。私、安田くんの彼氏になっちゃったりしたいなって思ってるんです。みなさんが先に宣言されたそうですけど、別に確約はされてませんよね。私が掻っ攫いますよ」


 かなり好戦的だ。


 このまま、燃え盛る炎の勢いで、口論が交わされるのだろう。


「「は?」」


 琴海の発言は、九条と雫から、同様のリアクションを喚起するものだった。


「別に、自分でなにを考えるのも自由だ。しかし、忘れてはいけない。新参の考えなど、とうに先人――私も至っているのだと!」

「野上さんのいうとおり。特別なのは自分じゃないって認識しないと、ね?」


 三人とも、好戦的な態度は崩していない。


「埒があきませんね。落ち着いて話せる場所に移りましょう。他の人に見られたら面倒そうですし」


 白石が提言すると、九条はしばし考えるそぶりを見せた。


「じゃ、すべての根源である誠一郎くんにも、たっぷり話を聞いてもらわないとね」

「……ですよね、そうなるよね」


 バチバチした空気は続くらしい。僕だけ蚊帳の外というわけにもいかなかった。当事者であると再認識した。



 そういうわけで、話し合いの場所に琴海の自宅が選ばれた。


 どういうわけだろう。


「ここなら、安田くんが悪い気を起こしても、なにも問題ありません。私たち全員が監視していますから」

「逆な気がするよ。琴海たちになにかされるほうが、ありえるね」

「男は獣なんです。ちゃんと理解してください!」


 わかったよ、と答えながらも、心の中ではおかしくてたまらない。


 琴海の目はぎらついている。獣というならそちらの方で、他ふたりの目がなかったらいろいろ怪しい。


「誠一郎くん、白石さんには名前呼びなんだ。私はずっと九条なんだけどな。なにがいけなかったんだろうなぁ」

「いまさら紗夜って呼んでも、遅いかな」

「私が無理やり呼ばせているみたいだし、あんまりかな」


 タイミングが悪かった。


 いわれてみれば、九条だけずっと九条のままだ。


 琴海呼びは、流れで決まった。きっかけさえあれば、紗夜呼びになっていてもおかしくはなかったのだ。


「時期を見るよ」

「そうね。なるたけ、早い方がうれしいかな」


 そうやって話している様を、琴海はじっと見ていた。自分の番を待っていると、あからさまに伝えるように。


「あぁ、そうだね。話したいこと、いろいろあるだろうね」

「はい。改めて、ここで情報の開示をしたいんです。みなさんと安田くんの関係を知って、心地よく恋人レースに参加したいんです」


 しばし間があって、雫が手を上げた。


「要するに、出遅れた自分へのハンデとして、情報を提供してほしいということかな?」

「率直にいうと、そうなりますね」

「ハハハ。ふざけた真似を。タダで利敵行為をすると思ったら大間違いだ、塵芥」

「!?」


 雫がモードに入ったのをみて、琴海は明らかにスイッチを切り替えたらしい。


 なにかに気づいたように見える。


「敵と手を結ぶときは、勝利を確実にモノにしたときだけであり……」

「……この瞬間ではないということよ!」


 ふたりの間で、サムズアップがかわされた。


「これはあれかな、例のアニメの」

「そうだ、そうさ、そのとおり! 白石琴海、そなたも同志であったか」

「まさか、あのマイナーアニメをいまだに好いている人がいるとは、認識が甘かったようです」


 すこし、毒気のある発言だな、と琴海は返しつつも。


「うれしいものだ。はからずも、共通点を見つけてしまった。心の友よ」

「はい! じゃあ、情報交換しましょう」

「だな!!」


 ふたりだけの世界を、九条とともに眺めているのだった。


「九条、君も語らわないか?」 

「あなたみたいにちょろくはないわ」

「ちょろいとは失敬な! 仲間意識の塊と呼んでまくれたまえ」 

「まぁ、話すくらいかまわないわ。だって、その程度じゃ遅れを取らないから」


 全員が強気になっている。九条も、情報交換にデメリットがないと踏んだのだろう。ならば、実行あるのみだ。


「では、これまでのことを、話せる範囲で話しましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る