第35話 九条は欲しがり

 琴海と接点を持っていると、九条は完璧に推理した。


「それでさ、あれ以来かな。白石琴海っていう子が、妙にエネルギーにあふれている様子みたいなの。負の方向なのかな。変わったね、といわれているみたい」

「なるほど」

「他人事は押し通せないから、誠一郎くん。彼女の様子は、察するに恋に落ちた純粋な女の子のそれ。もしかしたら、またしても誠一郎くんが告白されたのかなって」


 九条の情報網に掛かれば、隠し通すことなんて不可能な所業であるらしい。楽観視するのはよくないと、改めて思うのだった。


「琴海……白石琴海は、間違いなく僕の相談相手だった。笹本を撃退して以来、いろいろ関係性は変わったね」

「はっきりいわないのね。要するに、新たな彼女候補さんができたってことでしょう?」


 静かに頷く以外、僕に許された行動はなかった。


「だよね。確かめるまでもなかったかな。信頼度は、脅威の九十九パーセントといったところかしら」

「その通りだね」

「はらわたが煮え繰り返って仕方がないかも。人間関係ってわからないのね、と強く思ったわ」


 その後、九条は続けた。


「笹本と思い切って別れたのに、それをきっかけにあいつが女の子を標的にした。その子が、私の誠一郎くんに惚れてしまう。これは、私が間接的に作り出した状況なのよね。だから、沸くのは怒りだけじゃなくて、妙な後悔」


 後悔することはないと思えど、巡り巡って笹本を振ったことがバタフライエフェクトを起こした。複雑な感情に支配されても、おかしくはない。


「話はこれが本題だったのかな」

「ええ。これ以外は、最近の誠一郎くんの動向かな。すこし泳がせていたから、いろいろ収穫もあるんじゃないかって。他の子とは、どんなことをしたの? その、白石琴海って子とも、楽しいことをしたのかな? ふふふ。気になるな。全部、私も再現したいな」


 全部再現したいという言葉を聞いて、苦い顔をせずにはいられなかった。


 なにせ、雫と琴海のそれぞれだけで出かけたケースがいくつかあるからだ。


 雫とは旅行に行き、琴海とはアミューズメント施設を満喫した。このふたつを完遂するとなると、時間的にすこし大変だ。


 いけなくもないが、冬休みほどの時間的余裕はないわけだ。


 そして、ふたりにやったことを九条にもするという負担。


 九条のためと思っても、いささか重荷に感じてしまう自分がいた。行動選択というのは、常に別の選択肢を切り捨てることだ。


 他の子と過ごしたように、自分もしたいという欲求は非常にわかるものの、完全に実現できるかというと、難しいものがある。


「ダメかな、私みたいな子じゃ。他の子を許容しながら、すべてを手に入れたいと要求するのは、傲慢で高望みの極みなのかな」

「九条との時間は、とても大切だと思っている。でも、やっぱり他の子との時間も、いまのところ、重要なんだ。できるだけ九条に寄り添いたいとは思うけれど、すべてを叶えようとすると、これから大変になると思う。僕としては、九条のことを嫌いになりたくはない」


 いうと、九条はすんとしてしまった。


「そっか、私は重くて面倒で、嫌われかける女の子なんだよね。やっぱり、縁を切っちゃえばいいんだ。そしたら、苦しまずに済むよね」


 すこしわざとらしく、九条は落ち込んでいた。


「いや、そこまでとはいっていないよ。すべての要求を受け入れることは、ちょっぴり難しいって話だから」


 すこし冷静さを欠きつつも、九条に弁明した。


「よかった。ちょっと過剰に面倒臭い女になってみて」

「僕を試すような真似はよして欲しいよ」

「いつもはしないから。気になって、それで困らせてみたくなっちゃった」


 そういって笑った九条に対して、肩をすくめたい気持ちでいっぱいだった。


 九条は策士であり、計算ずくの人物であるとはわかっている。自分で演技だとはいっていたものの、その中に多くの本音が含まれていたはずだ。


 やはり、九条は見くびれない人物である、と思う。


「そういうわけで、今回は大丈夫。他のふたりとなにをしたかは追及しない。その代わり、私と楽しい時間を過ごして欲しいな。できるだけ近くに」

「今後だね」

「そう。できればきょうがいいけど、きっと誠一郎くんも予定があるだろうし」

「うん、だね」

「だから私、別のお願いをしたいな」


 九条はすこし溜めてから、僕にこう宣言した。


「白石琴海って子と、すぐに会いたいな。ちょっとした挨拶がしたくて」

「すぐ、というと、きょうかな」

「もちろん。あの子を調べたけど、忙しいタイプには見えなかった。誠一郎くんが会おうっていったら、すっ飛んでくるでしょう」

「あいにく、きょうは厳しいかもしれないな」


 雫ばかりではなく、九条も対面となるとあれかと思い、いちおう誤魔化してみた。


「じゃあ、いちおう私の前で連絡してほしいな。厳しいんだもんね、できると思うな」


 そうしたら、どう足掻いても、これから会うことはバレるわけで。


 やはり、その場しのぎの誤魔化しに意味はないと、悟るのだった。


「……この後、会う。すこし大変な条件付きだけど」

「どんなん条件?」

「雫も立ち会う」

「それはなかなか面白いことになってきたみたい」


 九条は企みの笑みを浮かべると、琴海のいるところまでの案内を命じた。

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