第34話 琴海の存在はすぐバレる
「知らなかったのか。それでいて、勝負に出たのか」
「その通りだ。せいくんの態度を見ればわかるというもの。というより、長い休みの間に、関係性が変わっている可能性に賭けた。まさかとは思ったが……」
こんな流れになるとは思っていなかった。
深読みしすぎたというのもあるが、こんな鎌かけに足を掬われるとは。
「せいくんは、悪い男だ! 一ヶ月弱の間に三人目というのは、どういうつもりなのだ? 私とのふたり旅はなんの効力も生み出さない行為だったのか!?」
「いや、そんなつもりはなくてだ」
「なら、私に思わせぶりな態度を取るように、別の子にも曖昧な返事で誤魔化したのだな」
「痛いところを突くんだね」
「追及をしているんだからな!」
見方を変えれば、これは立派なキープ状態である。あまり好ましくないのかもしれない。
僕としては、選択的キープという手段に出ていた。これでいいと思い、貫いてきた。
デメリットが表出してきている。誰かひとりを選ばないことは、誰もに不安感を与えうる行為なのだということを。
「九条がいるから、ひとり増えてもいいだろう、というのは、個人的には許せないのだよ。ライバルが増えるのは好ましくない。負けるつもりはゼロだが、費やされる時間は減ってしまう。やはり私は、せいくんを独占したいのだよ」
琴海ほど露骨ではないものの、雫にもヤンデレというような性質が含まれている。
とりわけ、雫との付き合いの長さが生んでいるものは大きい。長い時間の中で蓄積した愛の大きさは、他のふたりとは違うといえる。
付き合いの長い雫だからこそ、琴海のことも軽く受け入れられるだろうとたかを括っていた。
本当は逆で、雫こそ軽視してはいけないのだった。
「せいくんが相談役という立場であって、他の子が増えても仕方ないと、頭ではわかっているんだ。しかしながら、胸の中で膨らむ気持ちに嘘はつけなかったのだ。わかってほしい」
「ああ。雫の気持ちを落ち着かせられるようなことは、できないかもしれないが」
「その人物の面を拝みたいものだ。できないだろうか?」
「相手の子と、何か揉めるかもしれないという懸念がある」
九条とも火花を散らしているのだ。静かに重く追い詰める、そんな琴海との化学反応。
琴海自身も、どうなるかと期待に胸を膨らませていた。結果は、トラブル発展の方が有力だとは思うのだが。
こういったイベントは、いずれ起こるもの。先延ばしにしたところで、だ。
これ以上拗らせても、困るだけだ。
「わかった、会おう。ただし、すこししてからにしよう。この後に、野暮用があってな」
「じゃあ、それまでは図書館で時間でも潰していよう。呼び忘れでもしたら、わかっているな?」
もちろんだとも、と答えて、雫は去っていった。要するに琴海という新勢力が気になっていたことが、呼ばれた理由であったようだ。
次に来るのが、九条。
会える、と送ったところ、空いている選択教室で話すことが決まった。
荷物を置くと、立ち話が始まった。
「遅かったんじゃないのかな。委員長の仕事も、けっこう片付いたちゃったな」
「悪い。いろいろあったんだ」
「へぇ、私より大事な用事があったんだね。先に話をつけたのに、先を掻っ払っていく泥棒猫さんがいたんだね」
「誰だかわかっていそうな口ぶりだ」
「雫さんでしょ? 私の勘は、そこまで鈍いものじゃないんだから。察するに、いろいろ理由をつけて先約をとったんでしょう」
やはりバレていた。
「まぁ、雫さんは幼馴染。それもあって、融通をきかせる理由にもなったんでしょう。他の子だったら、百歩譲っても許せないかな」
「心遣いに感謝するよ」
僕がいうと、九条は本題へと移行した。
「で、きょう呼んだのは、笹本の件」
「ああ、笹本。九条の元カレという男、だったかな」
「覚えているのね。彼に関して、ちょっとした噂が入ったの」
九条は、委員長の座を務めるまでの過程で、情報通となっていた。それゆえ、すこしの異変にも察知できる手腕がある。
「どうも、あいつに粘着されてた女の子、解放されたらしいのよね」
「直接笹本に聞いたわけではないのか」
「ええ。どうせ口を割らないでしょうし、あまり聞く気にはなれないから」
そういって、九条は続けた。
「それで、笹本が折れたのにも理由があるらしくて」
「ほぅ」
「冬休みのある日、部活動中の子が目撃したことによると――」
ここで、変な扮装をして笹本を撃退したことについての客観的な説明を、九条からされた。
「――ということらしいの。サングラスの人、いかにも怪しいから、特徴をいろいろ聞いてみたの。まるで事件についての取り調べみたいに。背の高さがあいつに比べてどうか、声の特徴、話ぶり、その他身体的特徴……ひとつひとつはぼやけていても、繋げていけば、充分に個人の特徴が現れるの。そこで私、あることに気がついた」
ここまでいくと、後にいわれる言葉が、わかった。
「誠一郎くん、なんとも手の込んだことをするのね。暴力で最終的にわからせるなんて、野蛮な手も使って」
完全にバレている。雫のときに続き、二回目だった。
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