第33話 おかえり

 冬休みが終わった。


 たった数週間で大きな変化が訪れた、稀有な期間だったといえる。


 別の子からの相談は、相変わらずポツポツと続いている。


 ここ数日で特筆すべきなのは、九条、雫、琴海からのメッセージが日に日に増したことだろうか。


 琴海に関しては常軌を逸していた。アミューズメント施設にいった日を皮切りに、頻繁に通知音が鳴り響くのだ。細かな報告や最近の動向の確認が続いた。


 僕は無視するわけにもいかず、ある程度はしっかりと返していた。それに乗じてか、メッセージが長くなり、頻度が増すなど大変な騒ぎだった。


 琴海がダークホースだったということを、いまさらながら実感するのだった。


 クラスに入ると、さっそく賑やかな雰囲気に包まれていた。冬休み中のことを話す人が多く、いよいよ始まったなと、ここにきて痛感するのだった。


「あけましておめでとう、安田誠一郎くん」


 椅子に座ってからすこし経った頃、丁寧な口ぶりで話しかけてきた人物は誰か。


 我がクラスの委員長、九条である。


「こちらこそ、あけましておめでとう、九条。今年もよろしく」

「よろしくね、クラスメイトとしても」


 僕らが一気に距離を詰めたことを、他のクラスメイトは知らない。そのため、わざと目立つような真似はしないらしい。


「あ、そうだ」


 そっと耳元に近づいた。


「きょうの放課後、すこしお話ししましょ」


 ぞくりとするような息遣いで、九条は囁いた。


 一瞬の出来事で、周りはあまり気づいていない、しかし、これは十分効果的な行為だ。


 九条の視線の先には、雫がいるのだから。


「じゃあ、また今度」


 軽く手を振って去ると、すこし男子にざわめきが生まれた。


 それからすぐに、雫もこっちにきた。


「今年もよろしくな、安田」

「よろしく。珍しく呼び捨てじゃないか」


 雫は、学校だと誠一郎と呼んでいたのだが。


「ああそうとも。九条紗夜という女が、牽制をかけてきたものだから」


 声は張っていなかったが、内に秘めた怒りはふつふつと沸き立っていて、僕を萎縮させるには十分だった。


「きょうだが、放課後すこし話をしたい」

「その件に関しては――」

「ほぅ、その口ぶりだと、九条に先約を組まれたらしいとお見受けする」

「そうだな」

「なら、放課後すぐだ。あちらは詳しい時間帯を策定していないとみている。話をした時間は短い。どうだろう?」

「ご名答」


 雫もなかなかよく見ているものだ。先手を打った九条もさすがというべきだろうが。


「では、私の方を優先してもらおう。後出しジャンケンといわれても知ったことではない。こうして詳しい条件を詰めなかった方の負けなのだから」


 雫に押される形で、放課後に二件の約束が取り付けられることとなったのだ。


 これで終わればよかったのだが。


 三件目も、無事に入った。


『安田くん、放課後空いてる?』


 昼休みになってからすぐのこと。琴海からメッセージが送られてきた。


 予定というものは、入るときは一気に入るものらしい。


 断ることはできなかった。というのも、ここまでの琴海が熱くなりすぎていたからだ。


 メッセージの頻度はとんでもなく、長さもそこそこあった。これが連続したことで、正直参ってしまったところがある。


 もしも断ったら、さらなるメッセージ熱が加速するだろうことは明白だったので、なかば渋々受け入れた形だ。


 そういった条件を抜きにしても、すでに二件の予定を抱えている状態。あまり積極的に動けるものではなかった。


「とりあえず、会えるようになったら連絡する、と」


 かくして、会う順番は以下のようになった。


 まずは雫。次に九条。最後に琴海。


 そんな具合だ。


「ちゃんと一番乗りに来てくれた。やはりせいくんはわかっているな」

「なかば無理くり押し込んだことを、忘れてはないかな」

「はて、なんのことやら」

「とぼけても無駄だよ。九条の先約があっても、理由をつけてねじ込んだね」


 まぁいいじゃない、と雫は軽くかわした。


「そんなことより、どうして私が呼んだかわかるか」

「クイズか」

「私は優しい。ゆえに、二回のうちに答えられなかったら正解を発表しよう」

「わかった。なんだろうか……」


 雫と会ったのは、ふたりで旅行をしたのが最後になる。


 それから、琴海とのイベントが発生したわけだが。


「現在の接し方への不満?」

「不正解ではないけど、詳しく述べると、どうなる」

「九条か?」

「不正解。全然違う。まったくもってわかっていないとみえた」


 二回不正解を導いたのだ。ここで、雫による正答発表といったところか。


「本当の正解をお教えしよう」

「聞かせてくれ」

「……新しい彼女候補ができたらしい。これはどういうことだろう?」


 この答えは、俺を動揺させるには十分なものだった。


 なぜ、琴海の存在をわかっているのだろうか、ということがひっかかる。バレるのは時間の問題だとは思っていたが、まさかここまでのハイスピードだとは思いもしなかったのだ。


「なかなか鼻がきくんだね、雫は」

「では、認めるのだな、せいくんは」

「いまさら隠したって、無駄なものってものだよ」


 いうと、雫は高らかに笑った。


「ハハハ、素直に吐いたな、せいくんよ。鎌をかけるのも、有効な戦術らしいな」

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