第32話 隣の芝は
琴海が、他の恋人候補に会いたいと話した。
もし、九条と雫との対面が実現したらどうか。
不安でしかない。笹本という、九条と共通する爆弾を抱えている。雫との関係性も未知数なのだ。思いもよらぬ化学変化を起こしかねない。
「他の子に会いたいって話だけどさ」
「ダメですかね」
「冬休み明けてから、検討してもいいかな」
「問題ないですよ。さすがに、あと数日で調整なんて現実的じゃありませんし。私も他の子も、心の準備ができていないと困りますもんね!」
どんな準備がなされるのか。どんな戦いが繰り広げられるのかは、あまり考えないことにした。恐ろしいにもほどがある。
「これからということにしておこう。いまは、いまの話をしよう」
「この後の予定ですね。安田くんは、なにかありますか」
「琴海に任せるよ。無責任な注文にはなっちゃうけど」
「おっしゃる通りです。とりあえず、プランに入れたものは全部やっちゃいましょ!」
「元気だね」
「この日のために、睡眠時間は半日以上確保してますからね!」
気合いがすごい。元気が有り余っている。
雫のように途中でダウンしないことを祈るばかりである。
「じゃあ、もう食べ終わったら早々に出よう」
「もちろんです!」
僕のどっちつかずな態度を保留してくれたおかげで、話は先に進んだ。救われた。
食事が終わると、すぐさまアミューズメント施設に帰還した。
ダーツ、カラオケ、ビリヤードと、おおかたの設備を巡った。
どれも、琴海の実力はなかなかのものだった。ダーツとビリヤードに関しては、ほぼほぼ教わる形になっていた。
「どうしてこんなにいろいろできるのかな」
ダーツの最中。
的を狙いつつ、琴海に尋ねた。
「いろいろやってきたからです」
「答えなのかな、それは」
「答えといったら答えです」
はぐらかされた後に、ちゃんとした回答をもらえた。
「自分に自信がなかっただけです。芸は身を助けるので、いろいろ試してみたんです」
「すごいね。そこまでの気力、僕にはないよ」
「相談役に一筋の安田くんの方だって、褒められるべきですよ」
「中途半端といわれる相談役だけどね」
琴海は気まずそうに笑ってから、続けた。
「中途半端なのは、いち男性としての安田くんの方でしょう。相談役としての安田くんは、違うじゃないですか」
あくまで属性としての話だ。混同してはいけない。
「たくさんの女の子に寄り添って、悩みを解決して。影響力は半端じゃないと思います。思うところもあるかもしれませんが、こればかりは動かぬ事実です」
真正面から褒められて、気恥ずかしくなってきた。元々の動機がどうであれ、いままでのおこないを評価されるのは、うれしいことだった。
「褒められても、なにも出ないよ。僕としては、多彩な琴海に憧れるよ。ないものねだりかもしれないけどね」
「そうかもしれません。ひとつの道を極めることはできないですし、どれも、限界が見えてしまうというか。飽きっぽくて、忍耐がないんです」
いわゆる器用貧乏という類だろうか。
「やっぱり、隣の芝は青いみたいだね。自信がないのをしっかりわかって、いろいろ挑戦することって、僕は好きだけどな」
「す、好きですか?」
「そうだね。いいなって思うよ」
いうと、琴海は黙り込んでしまった。
「失言だったかな」
「です。ほんと、やっぱり安田くんは女たらしの才能がありますね」
「そうなのかな」
「自覚のない鈍感系が、一番タチが悪いって話ですよ。そんな安田くんを、私は見放せそうにないです」
ここまでいわれてしまうと、弱ってしまうものだ。
プランに入っていたものをすべてやり終えると、夕方になっていた。
「きょうはありがとうございました」
「いや、こちらこそ。琴海と過ごす時間は悪くないなって思ったよ」
「ふふ。いつかは、安田くんの一番になれると最奥なんですけどね」
「そうだね」
「隣の芝は青く見える、といいましたが」
いって、琴海は。
「すべて焼き払ってしまえば、私だけが青く見える。一番になるには、比較対象をなくしてしまう、という方法もありましたね」
きょう一番の笑顔を見せて、琴海は恐ろしい発言をするのだった。
「とんでもない発言だってこと、理解しているのかな」
「ただの宣言です。大袈裟ですよ? 他の子だって、私と同等かそれ以上の熱意は見せていると思いますし、驚くことなんてありませんよ」
おとなしく、積極性に欠けるという判断は誤りだった。
彼女もまた、ヤンデレという属性をまとったひとりの女の子だったのだ。
「私の態度は変わりません。もう、自分を偽るのはきょうで終わりにします。冬休み明けも、あしたからも。覚悟しておいてくださいね?」
彼女から放たれるオーラは、もはやいままでの別種のものとなっている。すこしでも隙を見せれば食らい尽くされるような、大きなものだった。
かくして、僕の冬休みは終わりを迎えるのだった。
三人の彼女候補ができ、全員がヤンデレの素質を持っているという結果を残して……。
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