第31話 間違い探し

 クレーンゲームとボーリングを済ませた僕らは、軽食をとることになった。


 近くのファミレスで、安いものを頼む。特別な感じはあまりない。


 それでも、琴海は十分楽しそうにしてくれた。


「私、ふつうのファミレスでも盛り上がれちゃうんです」

「幸せのハードルが低いのは、いいことだよ」

「なんといっても、安田くんと一緒に食べられるんですから」

「そっちの方面ね」

「だから、一番人気で一番安い、このドリアを選んでもテンション爆上がりなわけです!」


 ファミレスの中でも群を抜いて安いこの店は、アミューズメント施設の近くによく建てられている印象だ。


 金欠が付きまとう学生にとっての、ここはオアシスだ。


「間違い探しとかってやりません?」

「ついやっちゃうよね」


 この店は、間違い探しが醍醐味。意外と難易度が高く、最後の一個を見つけられずに悔しい思いをしたことが多々ある。


「今回は、ふたりいるということで」

「成功率は跳ね上がるね」

「そうなんです。私、ひとり寂しくやってると、見つけられずにいることが多くて」

「まぁ、きょうはすくなくとも孤独ではない」


 そう説くことで、琴海を落ちつかせた。


 ふたり分のドリアを注文して、間違い探しに励むことになった。


 隣に座る琴海が、イラストにじっと目を凝らしている。


「まずは、これとこれですね」

「早いね」 

「序盤ですからね。本番は、残り数個になってからなんですよ」


 琴海のいうとおりだ。大半はどうにかなっても、細かいところを見つけるのが厳しいのである。


「帽子が違うね」

「先を越されましたか」


 そんな調子で、ひとつずつ間違いを潰していく。


 琴海は、僕の方にあるイラストを覗き込む。あからさまに距離が近い。


「すごく見るね」 

「本当はもっと近くに来ないと見えないんです」

「……僕がイラストを寄せれば解決だね。裏に隠した真の理由を果たすこともなくなるよ」

「ちぇ、って感じですよ本当」

「不憫な琴海も、いいと思うんだ」

「へぇ、安田くんもからかうんですね」


 いつもやられてばかりいる僕ではない。たまには反撃してみたくなるのだ。


 それに、琴海の場合。


「次こそは、安田くんにイエスをもらうんですから!」


 こういう姿を見たい、という風に思うのだ。


 不思議なものだ。これまでであれば、要求をのむことがふつうだったというのに。


 琴海には、琴海なりの力がある。彼女もまた、僕のなかの規範にヒビを入れるような人物なのだ。


「さて、あとひとつは……どれでしょう」


 僕も琴海も、このときばかりは目の前のイラストに集中していた。


 数分経って、試行錯誤の末。


「「あったー!」」


 指をさしたのは、ほぼ同時だった。手と手が軽く衝突する。


 そのまま、上に手を乗せている琴海は手を動かさなかった。


「これで、目標の同時クリアです」

「どういうことかな」

「間違い探しの達成に、安田くんの確保です」

「罪を犯したみたいにいわないでくれたまえ」

「安田くんは、立派な犯罪者なんですよ?」


 ひどいいわれようだ、と思っていたが。


「純情な私をドキドキさせた、胸キュン罪で逮捕ですっ」

「なんてふざけた罪名だろうか」

「名前は変でも、安田くんが私に与えた影響は変わらないです!」


 ただのおとなしい子だと評していた時代はいつのことだろうか。


 そう思ってしまうほど、僕の中で琴海の印象は変わっていた。


「これじゃあ、ちょろい女だといわれても仕方ないんじゃないかって、思ったりするよ」

「いいんです。相手が安田くんなら、ちょろいって言われるのも、ご褒美ですから」


 そこまでいわれるほどだろうか、と自分のことを過大評価できない。


 惚れ惚れしてしまった琴海のことを、果たして僕は止められるのか。そう考えてしまう。


「ともかく、手を離してくれないか」

「気になることを解決してからです」


 見据えられると、こちらとしても身構えてしまう。


 いったい、何を求められるのかと。


「おま……たせしました」


 頼んでいたドリアが、このタイミングでやってきた。手をいったんどける。そうしないと、食事を置けないからだ。


「手は離しましょう。その代わり、安田くんにはお話ししてもらいます」

「僕になにを求めるのかな?」


 ぴんと指をこちらに向けて、琴海は話し始めた。


「安田くんって、何人の子に告白されてるの?」

「どうして聞こうと思ったのかな」

「告白したときの反応の薄さ、慣れた感じ、などなど。余裕な姿を見て、思うところがあったんです」


 九条や雫との関係がないかのように振る舞っていたが、無意味だったということか。


 溢れ出るオーラのようなものを感じとったのだろう。僕の認識が甘かった。


「ゼロではないね」

「そうですよね。では、その方にはどう返事をなさったんですか」

「オーケーは出さなかったよ」

「断ったんですか?」

「完全に拒否するまではいかなかったかな」


 すこし考えて、琴海は。


「それってキープじゃないですか」

「……かもしれない。しかし、白黒はっきりつけることが、唯一の正解とも限らないと思うんだ」

「罪な人ですね。思わせぶりな態度は、女の子をダメにしてしまいますよ。さっきみたいなことをしちゃうくらいに」


 手を押さえつけて、僕にひとつ尋ねようとしたことだろう。


 正直、いきなりのことで驚いたものだ。他ふたりの暴走に比べたら、大したことないと割り切っていたが。


「近いうちに、告白した他の子にも会ってみたいと思っています」

「本当に? 大丈夫そう?」

「そんなに危険な人たちなんですか」

「一筋縄ではいかないかもね」


 三人の絡みが混沌を極めるであろうことは、容易に想像できるのだった。

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