第30話 クレーンゲームとボーリング

「よりにもよって、そのアニメのキャラのフィギュアときたか」

「なにか気になることでもありましたか?」

「いいや、特にはね。ひとり言というやつだよ」


 雫の好きなアニメだったことから、すこし驚いてしまった次第だ。そこそこ昔のアニメであり、ファン層としてもディープめの方だ。


 琴海が濃いめのアニメファンであることへの確信は、高まりつつあるといったところだ。


「とにかく、私はこれをとって欲しいわけです。達人の腕前という安田くんに、投資一千円でお願いしたいんです」

「任せておいて」


 クレーンゲームのコツを説明するのは難しい。直感で理解し、実践しているところが大きいためだ。


 ともかく、無駄な入金をしないこと。一回一回の動きに意味を持たせることが重要なのだ。


 三回ほどクレーンを動かし、台の特徴を大まかに予測する。おそらく、今回も投資千円で十分戦えるような感じであると理解した。


「勝てるね」

「待ってます!」


 後ろからそっと見守る琴海が、ガラス越しに反射して見える。本気でワクワクしてくれていることが、すぐにわかった。


 八回目のトライで、景品をアームがガッチリと掴んだ。このままいけば、綺麗に目標の穴へと落とすことができる。


 ごくりと息を飲む。


 しばらく見ているうちに、物はちゃんと指定の場所に落ちてくれた。


「やった! さすが安田くん!」

「驚くことはないよ。僕の得意分野なんだから」

「自分で買うより何十倍もうれしいです。さすがに、クレーンゲームに投入したお金くらいは、払わせてください」

「それはいいよ。僕はスリル満点のゲームを楽しめた。琴海は心の底から喜んでくれている。十分な等価交換だよ。お代をもらうほどじゃあないよ」


 本当にいいんですか、と再度確認してきたところで、琴海は僕の提案を受け入れた。


「私としては、基本的に借りを作りたくなかったって感じだったんです」

「律儀だね」

「後々になって困りたくはないんです。長いこと、安田くんとは付き合いを持ちたいと考えていますから」


 借りのひとつくらいどうとでもない、と一瞬思ったが。


 そうでもないなとすぐに考えを取り消す。九条や雫の例を考えれば明らかな話だ。ちょっとした借りを拗らせて、面倒な事態が起こる、なんてこともあり得そうだ。


「もっともだと思うね」

「だから、いままで相談に乗ってくれたことだとか、あの人を撃退してくれたことだとか。これから時間をかけて、ゆっくり借りを返したいと思っているんです」

「そんな風に思ってくれていたんだね」

「そういう人間なので。だから、安田くんの満足度をガンガン向上させていきますよ!」


 気分が上がっているようで、僕の方まで心地がいい。


 無償の奉仕がなかなか素直に受け入れにくい、というパターンもあるんだなと再確認した。


 相談に乗ることは、別に自分にとって日常のことになりつつあるから、受ける側の立場を欠いてしまいそうになることもある。いまがそれだったかもな、なんて思ったりもする。


「あ、そろそろ、ボーリングみたいです。フィギュアを飾りながら、たくさんピンを倒しましょ?」

「大丈夫かな。僕はガータに愛されているから」

「安心してください。私の運動能力は神から見放されていますから!」

「そこまで卑下することもないよ」

「冗談じゃないんです! まずひと目見てほしいんですよ」


 かくして、僕らのボーリングは始まったわけである。


 さっき取ったフィギュアを机の上に置いて、やることになった。テンションが上がるからやりたい、とのことだった。


「やっぱり、好きなものを近くに複数置くと、幸せになりますね」

「フィギュアは一個だったね」

「わざと聞いてるんですか? もうひとつは、安田くんに決まってるじゃないですか」


 こう返ってくるとは。これでは、恋愛ごとの駆け引きもなにもない。ただの感情をそのままぶつけるだけの行為じゃないか。


 そんな僕の考えは、別にどうだっていい。


「人をからかいたいお年頃、というところかな」

「いけませんね。同級生に年上ムーブをされても困っちゃいますよ。今回はこのくらいにしておきます。調子に乗っていると、せっかく取ってもらったフィギュアを没収されてしまいそうですし」

「安心してほしい。僕はそこまで厳しくないからね」

「やっぱり、安田の安は、安心の意味ってことですね」


 そうだろうか、と思いながら僕は相槌を打った。


 ボーリングが始まるまでは意気揚々としていた琴海だったが、始まるや否や調子が乱れているのが目に見えてわかった。


「またガータをしてしまいました……」


 運動神経が終わっている、というような話をしていたが。


 誇張でもなんでもなく、事実の部類だった。か弱いと形容するまではいかないが、力負けして球が流れてしまっていた。


 球の重さを調整しても、あまりダメそうだった。僕もそれなりにガータするような、両者ボロボロのボーリングになりつつあった。


「埒があきませんね。こうなったら、子供向けの滑り台みたいなやつを使いましょう」

「乗っけて押すだけで、勝手に転がるやつのこと?」

「そうです。この際、恥も外聞も捨てたものではありません!」


 物を取りに行こうと、琴海が持ち場を離れた。


 戻ってきたとき、手にはなにも持っていなかった。


「なかったのかな」

「いや、あったんです。でも、家族連れと同時に鉢合わせて。さすがに、本当に必要な子を前にして、恥を捨てられるような鋼のメンタルはありませんでした」

「じゃあ、このスコアに斜線が入りまくる試合をどうしよう」

「……ガータなし、の設定にしましょう」


 要するに、両端にレーンを立てる設定にし、絶対にピンを掠めるような設定にしようという話だった。


 これも結局子どもがやるようなものなので、いささか恥ずかしいところは否めない。


 だが、ゲーム性を捨てたミス連発のボーリングをするよりかは、すくなくとも僕らにとって有効なやり方だと思ったのだ。



 結果として、ちゃんと勝負になった。レーンに当てることを前提とした投げ方で、楽しんだ。


「本当は、レーンなしのガチンコ勝負でこのスコアを取りたかったものです」

「間違いないね。今度やるときまでに、猛特訓しなきゃだね」

「はい! あの滑り台みたいなやつをつよつよメンタルで持ってくる練習を重ねておきます」

「人として大事な物を犠牲にしないで!?」


 言葉遣いが丁寧で真面目な人だとばかり、琴海のことを思っていた。


 実態は、違っていたようだ。

 ボケたりくだらないことをいったりするのが好きな、一般的な女子高校生の要素を持ち合わせていたのだ。


「そろそろ、次のところいきましょう!」


 底知れぬ体力の一端を見せられて、やや疲労気味の僕は笑うしかなかった。

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