第29話 白石は呼び名を変えてほしい
旅行から帰ってきた。
帰り道、案の定雫が爆睡した。体力の限界を突き破る勢いのハイテンションだったので、当然といえば当然である。
温泉から出たときの雫は、上気した顔と濡れた髪とがコンビネーションを発揮し、ふだん以上に魅力をまとっていた。
キスを奪われて以来、雫からの連絡頻度は増していた。九条と負けず劣らず、といったところ。九条もなかなか重いものをハイペースで送ってくるので、基準がおかしくなる。
冬休みはついに最終日を迎えた。
本日は、白石と会う約束を取り付けた。これから学校が始まるうえで、すこし不安らしい。接触禁止を命じた笹本と、同じ校舎にいることになる。悪い意味で、気になってしまうとのことだ。
そんな不安を振り払うためにも、一度出かけて気持ちをスッキリさせたいとのことだった。
かつての彼女の言葉をそのまま信じるなら。
単に「会いたい」といわないための口実や建前の一種なのだろう。気持ちの整理という側面は、むろん本音でもあるだろうが。
「出かけたいのは、近くのアミューズメント施設、と」
ボーリングやカラオケ、ダーツなど複数の娯楽が楽しめる。より大人数だと盛り上がりは大きくなる。今回は、ふたりでここを楽しみたいとのことだった。
しばらくいっていない。中学生以来だろうか。三年生は受験期とあってあまり遊べていないし。
現在、絶賛金欠中である。雫の旅行で食費を使いすぎた節がある。エンゲル係数は爆上がりした。
そのため、お得なプレミアムセットを頼んで、お得にいろいろ楽しめるようにした。
「私服の安田くんって想像通りでした」
会うやいなや、白石はそういった。
「褒めている、と思っていいのかな」
「ご想像にお任せしますよ」
「いずれにしても、白石の服に比べたら、見劣りする気は否めないね」
あまり高い服を買う趣味はない。安いものを選ぶ。その分、買い換える頻度は高い。常に新しく見えるものを身につけている、くらいだ。
対して白石は、デートに向けた万全のスタイルだった。
運動をするということで、スポーティーなものではあったが、かわいらしさを出そうという努力がひしひしと見られた。
一目見ただけで、すごいなと唸りそうだった。
「正直な話、安田くんはもっと高い服を着ると映えると思います」
「イケメンでもないけど、そういうものなのかな」
「卑下しないでくださいよ。私はからかっているわけじゃないんですから」
「今度ってときには、白井さんを唸らせてみせるよ」
いいですね、とサムズアップを見せる白石。
「ところで安田くん」
「僕?」
「呼び方、変えてほしいです。白石さん、っていうのも悪くないのですが、すこしよそよそしい気がします」
「白石さ……白石が敬語だから、無意識にあわせていたのかもしれないな」
やっぱりそうでしたか、と白石は答えた。
「敬語は染み付いているので、どうしようもないんです。だから、名前だけでもラフにいきたいな、と」
「白石、って呼び捨ての方がいいかな」
「なんだか、先生に呼ばれている気がしちゃいます。ここは、下の名前でお願いしたいです」
「
「ちゃんづけでもいいですよ!」
「年下扱いみたいになるね」
そういうと、琴海は強く同意した。
「そうなんです! それがいいんです。私、年上の兄弟を望んでいたんです。年下扱い、されてみたいんです」
「人の趣味は、それぞれみたいだね」
「はい。もちろん、これは安田くんとだけの秘密、ですけどね?」
年下ムーブを出してくる琴海に乗せられていくのがわかった。
いつの間にか名前の呼び捨てに変わっていたり、ちゃん付けの要請があったりと、どんどんペースを持っていっている感じがある。
琴海もまた、油断ならない相手であるように思われる。
「じゃあ安田くん、さっそくボーリング始めましょう?」
「そうだね」
順番待ちは、おおよそ一時間となっていた。その間、館内のゲームセンターで時間を潰すことにした。
「リズムゲームやります?」
「琴海は得意なのか」
「はい。琴海ちゃんはリズムゲームを極めていますから。ぜひ見てください」
一緒にやって、その実力を見てみようと決めた。
タイミングに合わせてボタンを押していくタイプのものだった。最初の曲はふつうのテンポで、かろうじて僕でもついてこれた。
琴海は次に最難関モードを選択。これを、鬼のような集中力でこなしていた。
僕はふつうの一個上のレベルでも厳しかったというのに、ほぼノーミスだった。
「……ふぅ。意外とこれ、こたえるんですよ」
「なかなかハードでびっくりしたよ。横目で見ていても、なにがなんだか」
「長年の練習の成果です。これまでは、なかなか見せる人がいなくて、無用の特技だとばかり思っていましたが」
「僕が知ったことで、意味は生まれたかな」
「それは大アリですよ。私の費やした時間が、無駄じゃなかったって思えます!」
意外な特技を知ることができ、琴海も満足の様子だったのでなによりだ。
「実は、僕もゲームセンター特有の凄技があるんだ」
「本当ですか!?」
「うん。クレーンゲームってやつが、得意なんだ」
クレーンゲームの技術は、相談役の経験がおおいに活かされるのだと、琴海に語っていく。
「台との相性を、第六感で見極める。そして、感謝の気持ちを伝えて、モノを取りやすい状況を作る。準備と傾聴は、ここに活かされるんだ」
「……いわゆるオカルト理論によるこじつけですか?」
「僕は、台にも心がある。そう信じているんだ」
おそらく偶然の要素が大きい。取るための技術もある程度あるにせよ、クレーゲームは確率の世界。アームの力が強くなるタイミングは、自由に操作できない。
千円以内でほぼほぼ取れることから、なにかしらのオカルトがあるだろうと思い、自分の中で勝手にこじつけている次第だ。
「信じるか否かは保留しておこう。欲しいもの、ここにあるかな」
「探します!」
店内を歩き回りながら、お目当ての品を探していく。
「これって、今期のアニメキャラですね」
「琴海も、アニメとかって好きなのかな」
「人並みには、ですよ」
雫はとんでもない熱量、と語っていたが、あれは過剰な表現だったのだろうか。
おそらく謙遜だろうが、どこまでディープなファンかは不透明だ。
「私がほしいのは、『伝導の魔術師たち』のエリー様です」
どうも、琴海もまたディープな側の人間だったらしい。
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