第28話 キスはふたたび訪れる

 チョコレート菓子の両端を食べるゲームは、我々の同意により実行されることとなった。


 その前に、メインの海鮮料理を堪能した。


「やっぱり、こういうところの料理はたまらないな」

「いい品質という感じがするよ」

「素晴らしい料理を前に、語彙力は不要であるようだな」


 その通りだった。本当においしいものを前にすると、深い感想や洞察はできなくなるものなのだ。


 食事中は、とりわけ中学生時代のことについて語ることが多かった。


「やはり、せいくんは昔から人の話を聞くのが好きだったな」

「相談役の原型も、昔からやっていたしね」

「一歩間違えれば、金を取っていたかもしれないくらいだった。相談に乗る件数が多くて驚いたものだ」

「件数の多寡を気にしたことはなかったな。相談はそれぞれ別のもの、という感じで」


 そうなのだ。


 自分に関心をもってもらうための手段として、聞き役である相談役になった。


 最初の動機だけで続けるとは限らない。相談に乗ること自体が目的となり、件数が増えようとも苦痛には思わなかった。


「いまはいろいろ変わってしまったみたいだがな! ハハハ」

「そうかもしれない。いまの状況になるとは思わなかった」

「冷静になって考えると、起こってもおかしくない事態ではあったんじゃなかろうか」

「人は渦中にいるとき、客観性を失ってしまうらしい」


 語りながら、目の前の海鮮丼を食べ進めた。


 おいしさのあまり、無言になる瞬間もありながらも完食。


 いよいよ、本命のパフェがやってくる。


「きた」


 雫の目の前に置かれたのは、巨大なパフェだ。容器自体が細長く、それなりに太い。ひとりで食べ切るには厳しそうだ。


「実際問題、これって完食できるのか」

「スイーツは別腹だと、せいくんは習わなかったのか? 可能か不可能かは愚問であり、ただ食べきるだけなのだよ」

「未熟者だったみたいだ」


 突き刺さっているチョコレート菓子は五本だった。それぞれ、別々の向きで刺さっている。


「やろうじゃないか、例のゲームを」

「早めに済ませるよ。他の人の目が気になるからね」

「周りに人がいながらやる背徳感が楽しみだ!」


 はっきりとした口調でとんでもないことをいっている。なかなか恐ろしいものだ。


「じゃあ、咥えようか」


 今回、ルールはこうなった。


 スタートの合図は、僕が出す。そうすることで、雫の暴走を抑える。


 半分以上食べた方の勝ちである。半分を超えた段階で、食べるのをストップすることが推奨されている。明確に半分、というのはなかなか難しいためだ。


 チョコレート菓子越しに、雫の顔が見える。


 窄めている口が、キスを待つ姿のように見えてしまった。意識してしまうと、体が正常でいられるか不安になってくる。


 気持ちを落ち着けつつ、スタートの合図を切った。


 第一回。


 雫は相変わらずのハイペースで、あっという間に進んでいく。こちらも負けじと進めるが、一度に一気に食らいつく雫に対して、勝ち筋は見えなかった。


 食べるのを途中で諦め、噛み切る。残りは雫に託した。


「ふ、私の勝利。次こそは、最終ゴールを目指す」

「大々的に宣言するものだろうか」

「目的に忠実なのだよ。おかしなことは、なにひとつあるまい」

「警戒心を解かない方がいいかもね」


 二本目も、同様に始まった。


 今度は、あえてゆっくりなペースから始まった。慎重にこちらも進めた。


 勝利は、僕の方だった。


「手を抜いたのかな」

「数年前から成長していないと思ったら大間違いなのだよ。人は、新たな手段を知ることで成長するものなのだ」


 どこか名言らしいことを語ったところで、隣に異変が生じた。


 店員が片付けに入っている。そろそろ、新しい客が入ってしまう。

 いままでは、隣が奇跡的に不在なので堂々とやれていたが、別の客がきてしまうとどこかきまづい。


「時間が迫っているようだ。最後は、三本一気にいこう。これがやれたら、私は満足だ。どんな結果になろうともな」

「そういうことなら、早く始めよう」


 雫の宣言通り、三本一気に咥える形となった。


 すべて真っ直ぐ咥えるわけにもいかない。何本かは斜めに入ってしまい、頬が押し広げられている。


 スタートは、ふたたび僕が切ることになった。


 始まるやいなや、三本同時に食べ始める。一本だけのときよりも、食べるのが難しく、特定のものだけが進んでいってしまう。


 難易度が一気に跳ね上がった。途中で噛み切れるか怪しいところだ。


 雫の食べるペースは、ゆっくりだった。油断させるつもりなのか知らないが、早く終わらせる気が、こちらにはある。


 どんどん進めていく。雫は勝つことを捨てたのか?


 刹那、雫はいきなりハイペースで食べ始めた。三本同時、トップスピード。


 その落差に、僕は動揺した。口の動きが遅くなり、一瞬止まってしまう。


 隙をつかれ、ガツガツ食い進める雫。


 唇の間にあるチョコレートは、どんどんなくなっていく。


 気づいたときには、雫の唇が触れていた。


「……っ!」


 小刻みに揺れるものを感じながら、数秒してそのときは終わった。


「やっぱり、せいくんの唇は一品級だよ」

「ちょっとあれはずるくないかな」


 意表をつく形で、いつの間にか唇を奪われていた。本当にこうなるとは、すこし認識が甘かったようだ。


「結果を残せれば、手段は選ばないのだよ。ハハハ。やはり、せいくんは最高だよ」

「こんな無理くりに奪って、雫はうれしいのかな」

「あぁ。あのときの心地良さが蘇った。そしてせいくん、いまのは忘れられないだろう?」

「それは……」

 三、四年ぶりの唇ごしだ。あのときより深くはなかったが、意識されている相手からのものだったので、インパクトは十分大きかった。


「ひとつ気になるのが、この後、まだ旅が続くことはわかってるんだろうかということだけかな」

「私は、後は野となれ山となれという言葉を非常に好んでいるんだ」

「考えなしだった、ってことだね」


 どうしようか、この状況を。


 そう、雫はつぶやいた。


 パフェを食べ終わってからは、温泉に入ってリラックスタイムを満喫した。


 会話はどこか不自然になりつつも、どうにか無事にふたりでの旅行は終わりを迎えたということになる。


 雫とのキスが残した影響は大きかった。九条に頬を奪われたときとは違かった。年月の重みがあった。過去のキスの持つ意味が、さらに大きくなり、雫の存在感はより大きくなった。


 今回、雫の策略は成功した、ということなのだろう。

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