第27話 キス事件の心境変化、雫の嫉妬

「雫が頼むものだ。自分で楽しんでもらうのが一番だよ」

「ほぅ、私の善意を無駄にするというのか」

「そうかっかしないで。そういう気持ち自体は、とてもうれしいよ」

「なにか恐れているように見える。いったい、パフェのなにが怖いのだろう」


 お互いに明言はしていないものの、思考の裏にはキス事件が浮かんでいる。


「怖くはないさ。それはそうと、雫はどうしてチョコレート菓子にこだわるのかな」

「そ、それがどうしたというのか」

「チョコレート菓子は、このパフェのメインとはいいがたい。わざわざ強調することもないと思って」


 雫としては、どうにか話題を繋げたいところだろうが、すこし意地悪に出てみる。


「チョコレートが大好きだからだ。だめだろうか」

「好きを越えた、深い思い入れがあるんじゃないかな」

「は? は? いや、ないが? 別に忘れられない味があるとか、そういうわけではないし、わざわざこのパフェから店をセレクトしたというわけでもないのだが!」


 早口に乗せて、いろいろと考えがあふれている様子だ。


「やめよう。僕たちに、こんなチンケな騙し合いは向いていない」

「そうだ。もっと続けられるほどの能力はない。せいくんはさすがだ」

「小細工はなしで、腹を割って話そう」


 雫からはこの話題に触れないといった以上、こちらから切り込む。


「四年前のチョコレートゲームのこと、どう思っているか」

「鋭い刃で直入することよ」

「確認をしておきたいんだ。状況が昔と変わった以上、考えが変わってもおかしくないからね」


 どうしてここまではっきりと確かめているのだろうか。


 やはり、雫の気持ちを知りたい部分があるのだろう。雫目線でいえば、最近、新たな対抗馬が躍り出ている状態だ。


 改めて四年ほどの付き合いがある雫の思いを、知っておく必要があると思った。


「……その前に、注文くらいは済ませておこう。長くなるかもしれないからな」

「一気に現実に引き戻すね」


 諸々の注文を終わらせ、気を取り直して。


「私は――あのことを、私は引きずらずにいた。そんなつもりだった」

「ああ」

「一度の事故で、私は猛烈に腹を立てた。なにをしてくれたんだと、純粋無垢な私は思ったのだ」

「いまは違うのか」

「当たり前だ!」


 いきなりの断定口調に、僕はいささか驚いてしまった。


「失礼。つい熱くなってしまった」

「かまわない。続けてくれ」


 雫は一度深呼吸をして、話を再開した。


「せいくんへの思いは、花のつぼみと同じだった。年月をかけて、ようやく花が咲いた。それまでは変化がないように見えていたのが、目に見えてわかるようになり、いままでのモヤモヤがなにかわかったのだ」

「そうして、告白に至った」

「いまの私にとって、あの事故は奇跡だった。心の中で噛み締めるべき、至高の体験だったといえる!」


 あのことは、僕の中だけではなく、雫の中でも変化していた。そのことを、本人の口から確かめられた。


「偶然とはいえ、せいくんとキスをしていた点では! すくなくとも私は! 他の子より優れている。そんな思いを、抱いている」

「ずいぶんと、赤裸々だったね」

「せいくんがこの件に触れようとしたから、私も誠実に答えただけだ」


 そんなの当たり前だ、という口ぶりだった。


「これから、また新たな子が恋人候補に増えたとしても、揺るがない優越感なのかな」

「もしやせいくん、別の子にも告白されたのか」

「いや、そういうわけでは……」


 自然と、耳元の方を指で挟んで弄んでしまう。


「嘘はよくないな」

「どうしてそう思う」

「嘘をつくとき、耳元を弄ぶことがある。信頼度は九割といったところかな」

「本当か」

「これまでも、この手法でせいくんの嘘を破ったはずだ」


 そういえばそうだった。


 自分の癖というのは、指摘されたところで直るようなものでもない。白石のことをさりげなくでも触れてしまったのは、失態だった。


「雫のいうとおりだ。他の相談相手の子に、惚れられてしまった。返事は留保している、とだけ先にいっておくよ」

「いいな、相談役というのは。話を聞くだけで異性をホイホイ引き寄せてしまうのだから。これで実質三股みたいなものかな?」

「返事をしていないからノーカン、とはならないか」

「返事を誤魔化している方がタチが悪いぞ、せいくん。いつから女たらしの才能に目覚めてしまったのか……」


 自分でも、わからないところが多い。


 おそらく、モテ期というものが一気に到来してしまったのだろう。


「その者の名前は」

「白石って子だ」

「待て、白石といったか」

「ああ」

「なんと! 私ほどでないが、熱狂的なアニメファンとお聞きしたことがある」

「知り合いの知り合い、くらいかな」

「そんなところだ。世間は狭いとはよくいったものよ」


 さすがに、九条の元カレに付き纏われた話はカットしておいた。ここに関しては、九条と白石のいない場所では、いろいろ拗らせたくないので。


「それで、どういう経緯があって」

「吊り橋効果で、窮地を救ったらキュンときちゃったようで……」

「人間のでたらめな脳のアップデートを求めたいものだよ! 実に!」


 いささか雫の気持ちが負の方向に傾きつつある。


「白石はかわいいと噂の子。いつせいくんがたぶらかされるかもわからぬ」

「信用がないね」

「自分の手に胸でも当てて考えるといい! あ、胸に手か」


 すっかり動揺している、といったところだ。


「迂闊だった。この件は、水面下に沈めよう。いまこの瞬間を楽しもう」

「せいくんは場を納めるのが苦手らしいな」

「うぐっ」


 ここ最近の修羅場が頭の中でさーっと流れていく。どれも、うまく対処できていた気がしない。しなくなってきた。


「代わりに私が場を納めよう」

「どうするんだ」

「簡単。私がチョコレート菓子付きのパフェを頼んだが功を奏しそうだ」

「まさか……」

「両端食べゲームで、手打ちとしよう」



 雫の手がいやらしくうねうねと動いている。さっきの話をしている以上、このゲームの目的はいわずもがなはっきりしている。


「ここは一般客もいるんだ。万が一でも目的が果たされると、あれだろう」

「周りから見えにくい席だから、思う存分楽しめる」


 雫は引かない、という姿勢だった。


 あれ以来、数年振りのゲームだ。うまいこと、雫の目的を果たさずに終えるしかない。


「ゲームには、乗る? 乗らない?」

「乗らない、って選択肢は、雫が用意していないだろう」

「正解」

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