第26話 竜の剣のお土産、雫の布石

 お揃いのストラップを、雫に求められた。


 雫のことを思えば、頷くのが正解なのだろうけど。匂わせのようなこともしたくないということで、僕の気持ちは揺れていた。


「他の人に見せつけることにならないかな」

「人って、意外と気にしていないものでな。自意識過剰というものだ。さあ買おう! 買うんだせいくん!」

「とんでもない悪徳営業マンに見えてくるね」


 ダメか、と呟いて雫は考え込んでしまった。明らかにゴリ押しもいいところだ。揺れていたかもしれない心はまったく響かなかった。


「カバンにつける、といってもだ」

「ほぅ」

「外につけると目立ってしまう。しかし、中につけるならどうだろうか?」

「考えたね」


 妥協をしたようだ。お揃いのものを所有し、同じところに身につける。そこのラインを譲れないものとしたいらしい。


「中につければ、露骨なアピールにはならないだろう。私たちだけの秘密、という感じが出る」

「別に指定カバンの中なら、目立たないし、いいかもしれない」

「よし!」


 こうして雫の提案に折れることとなったのだ。


「もちろん、買うのは竜の剣であるよな!」

「セレクトが厨二病だよ」

「これなら、外に見せようと思えず、隠密にも役に立つではないか」

「この年齢になって、竜のやつは恥ずかしい。なかなか考えてくる」

「むろん私の場合、つけているのがバレても恥じることは皆無だが!」

「一般的な感覚を身につけてほしいものだよ」



 そういうことで、観光地特有のものではなく、どこにでもありそうな竜の剣ストラップに落ち着いたのだった。


 店員さんがすこし違和感を抱いている仕草を見せていたところを、僕は見逃さなかった。


「お土産は、これでいいだろう」

「思ったよりかさばらなくて安心したよ」

「動きすぎて、クッキーが粉々にならんようにな」

「竜の剣のあたりから思ってたけど、僕を小学生扱いしないでほしいよ」

「だめだろうか?」

「さらっと認めるんだ」


 くだらないやりとりを挟んだところで、すこし観光をすることになった。

 お土産屋が並ぶ通りには、食べ物も充実していた。


「こういうところのお店は、割高でも買う価値があるというものだな」

「にしても、もう三店舗くらい巡ってるよ」


 串、せんべい、お菓子系と巡っていた。半数以上が雫からの提案だ。


「後悔はしたくない。旅先での出費をケチることはしたくないのでね」

「それは同感だね」

「アニメの大きなイベントで、限定グッズをすべて購入するようなものだ。なんの躊躇いもなくな!」


 やはり、アニメにたとえることをよくする雫であった。これ以外にも、ひとりでアニメ関係のことに置き換えて納得するシーンがあった。さすがは雫だ。


「はて、お腹が空いてきたなぁ」

「結構食べ歩きをしていた気がするけど、減るんだね」

「食べ歩きというのは、カロリーの摂取と消費を同時におこなう。つまるところ、お腹にたまらずいくらでも食べられるのだよ」

「一種の暴論だね」

「そうとも」


 小柄でありながらも、胃のキャパシティは大きいらしい。


「せいくんはまだ昼食に乗り気ではない、という顔だな」

「食べ歩きを重ねたからね。もうすこしあたりを散策してからかな」

「昼は軽めにしてもいいかもな」

「僕はそうさせてもらおうかな」


 そういうわけで、しばらく散策を続けることになった。


 人気の観光地ということもあり、周りに観光客が多かった。 エネルギッシュな雫のペースについていくのは大変だった。


 雫が新幹線でぐっすり眠ったことで、異様な体力を発揮しているだけだろう。ちょっとすれば、充電が切れてパタリと倒れるだろう。


 腹の中のものが消化されていき、ようやく昼ごはんを食べられそうだった。


 どうにか、昼のピークには被らずに済みそうだった。


「この私、いろいろ調べていてな」

「どこで食べるかも想定内なんだっけ」

「もちろん。プラン十以降は数えていない」

「本当にすごいね」


 食べ歩きで僕が腹を満たしてしまうことも、想定内だったらしく、当初のプランから移行して動いているらしい。


「混み合い方からして、やはりデザートがおいしい和食の店だな!」

「メインよりデザート重視なのか」

「豪華なパフェを堪能したいというのは、女の子として当然の願望ではなかろうか!? そして、サブがいい仕事をしている店は、メインも間違いないというではないか」

「すごい熱量だ。混んでなさそうだし、その店にしよう」

「ふふ。これぞ完璧な旅よ……」


 盛り上がっていてなによりだ。


 あたりを散策していくなかで、僕のテンションもようやく上がっていた。雫が何周も先をいっており、追いつける気はしないけれど。


 店内には、数十分もすれば入れた。観光地にしては上出来だろう。


「さぁ、デザート、デザート」


 席につき、メニュー表を開くやいなやこの調子だった。


 店の中でも奥の方の席で、周りのお客さんからは見えにくい配置だ。


「メインはそっちのけって感じだね」

「楽しみが止まらないのだよ」

「じゃあ僕が先にメインを決めてしまおうかな」

「かまわない。私はせいくんが頼んだメニューの隣にあるものを頼むからな」

「なんて雑な決め方を」

「計画的な雑さなのだよ」


 なにをいっているのだろう、と思いつつ、頼むものを決定した。


「やはり、海鮮系ときたか」

「隣は最高級メニューだね」

「おっと、謀ったな? 私の財布の中身をすっからかんにするつもりか!」

「その隣の方だよ」

「海老がいっぱい入っているやつ! 私が好きなことを、考えて?」

「四年も付き合いがあれば、そのくらいわかるよ」


 雫がこうなると狙っているか否かは置いておこう。メインメニューが決まった。


「じゃあ、デザートはこれにしよう。すでに決めていたものだ」

「おぉ、このパフェ……」


 指をさして先にあるパフェには、細長いチョコレート菓子が何本も突き刺さっている。


 ハッとした。


 これは、キス事件のときの”あれ”ではないか。


 雫が浮かべている笑みは意味深だった。なんらかの意図があるとしか思えない。


 偶然にしても、同時期にあのことを思い出すとは、なんたることか。


「おいしそうだろう、上のチョコレート菓子」

「……っ!」

「せいくんが欲しいというならば、共有することもやぶさかではない。どうだろうか?」


 完全に狙っている。


 僕からなにを引き出させるつもりなのか。自分からは、例の件に直接触れないという縛りを課した雫だ。


 雫は、九条並みの策士なのか、どうか。

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