第25話 雫と旅行。いざ自然豊かな土地へ
冬休みもほぼ終盤。
時は早朝。太陽も昇ってくる頃だ。
あれからあまり用事もなかった。相談は相変わらずポツポツと続いている。
『白石:おはようございます。きょうの夢に、安田くんが出てきて激アツでした。また今度、一緒にお出かけをしたいと思っています。またお話ししましょうね』
『九条:私のキス、まだ覚えてる? なんだか感想を聞きたくなってきたんだ。気が向いたら教えてね。(読まれなかったらすぐ消すつもりです)』
中には、暴走が始まったガールズからの連絡もある。私はどうすればいいのだろうか。白石は今後会うとして、九条からの熱烈なアプローチが止まらない。
頭の中が、九条の対処のことでいっぱいになることがある。これが九条の狙いだというなら、僕はとっくに策中にハマったことになる。改めて恐ろしい人だ。
なお、雫に関してはどうかというと。
先日、こんなメールが届いていた。
『雫:やぁ、せいくん。元気にしているだろうか。私は絶賛不幸の波がきている。そこで、私の運気回復のためにも、せいくんと出かけたい。すこし自然に触れて、邪気をリセットしようではないか? 甘いスイーツも、ぜひとも食べたいものだ。はいかイエスで返事して欲しい』
とのことだった。
雫とは最近会えていない。
白石の一件をまだ伝えられていないほか、黙って九条にキスされていたこともある。後ろめたさがあった。
そういうわけで、今後は雫に会おうと決めた。雫もそろそろ会いたいと思っている頃だろうし、おそらくお互いにウィンウィンだろう。そんな考えだ。
冬休みも終盤だ。雫との旅を、冬休み最後の思い出のひとつにしておきたいところだ。
「で、スケジュールに関しては……びっちり決められていると」
雫にしては珍しい、仔細なスケジュールが組まれていた。完全に乗り気らしい。
ここまで期待してもらっているとは思っていなかった。
「いよいよ出発だもんな」
本日、日帰りでの旅である。集合は駅ということで、始発並の速さで出発だ。
こんな早く起きるのは、修学旅行以来だろうか。朝練とかもなかったわけで。
あまり働かない頭のまま、駅に向かう。
「せいくん! いや誠一郎! 私は君を歓迎するよ」
「朝からハイテンションだな」
「なにせ、これはせいくんとのデートのようなものだからな」
「長い付き合いだろう。遠出だってふつうだよ」
「そう、そう、そう! 私の場合、こうしてせいくんと出かけるのはふつうのこと。やはりそうであるよな」
「お、おう」
ふつうのこと、といって「なんだその態度は」とくるかと予想していた。
なぜか、雫は嬉しげだった。すこし会わないうちに心情の変化でもあったのだろうか。
「本日のテーマは、『自然に温浴! 美食だらけの豪華旅行withせいくん』だ。さぁ、盛り上がっていこう〜」
「雫だけハイテンションすぎて、逆に冷めちゃうよ」
「……それは困る」
「一気にマジのトーンになるね。温度差で風邪を引きそうだよ」
「きょうの旅で、そんな風邪も吹き飛ばそうな!」
「雫、いままで以上に最先端にいるね」
「このまま大気圏まで突っ切るぞ!」
などと、意味不明なハイテンションを発揮していた。
そんなわけで、新幹線に乗ると爆睡をかましていた。早朝からアクセル全開にしていたためだ。当然の結果である。
雫が起きた頃には、目的地に到着していた。彼女のいい分では、楽しみすぎて徹夜をしてしまったとのことだ。
要するにあれは深夜テンションだったのか、と妙に納得してしまった。
「スゥ……ハッ!」
「どんな呼吸」
「やはり、自然豊かな土地の空気はおいしいなと! 素晴らしい、最高、新世界……」
「大袈裟だよ。めちゃくちゃいい空気だとは思うけどね」
大自然のなかに降り立って、マイナスイオンを感じるのだった。
さっそく観光、とはいかない。朝早く来ていることもあり、空いていない店もすくなくない。
「ただの散策といこう」
「いいのか」
「そうじゃないと、昼に腹が空かんだろう」
「ちゃんとした理由だった」
バスなどを乗り継ぎながら、たどり着いたのは滝だった。
「ここがいいのか」
ざぁ、と流れ続ける滝。その音が、遠くからでもよく聞こえる。
「人がすくなく、自然を堪能できるのが、地味な規模感の滝だ。SNSでの映えはいらない。自然浴という目的のためなら」
「割といいかもしれない」
あまり滝をまじまじと見たことがなかったが、なかなかいいものだった。
高校生が旅行の一環で訪れるにしては渋すぎるかもしれないが、確かに自然浴には持ってこいだ。
透き通った空気を、肺に流し込む。悪いものが、しっかりと出てくれそうだ。
「これで私のマイナスムーブも断ち切りたいところだな!」
「バスでICカードの残高が一円足りなかったとかね」
「ひと言余計だ! あんな事態は二度とごめんだよ」
滝にたどり着くため、我々はバスに乗った。
料金を支払うため、ICカードをかざした雫は、一円という絶妙な残高不足のためすぐには出られなかったのだ。
「ここで断ち切ろう」
「そのつもりでいるに決まっている。ちゃんと神頼みも忘れずにいこう」
近くにあった賽銭箱に小銭を入れ、今後のことをお祈りしてから、滝を去った。僕ら以外にきた観光客が、ほぼ年配の方だった件については、ここでは深掘りしない。
「で、次はお土産だ」
「早くないか」
「私の場合、お土産を後回しにしてなにも買わずに帰ってしまったことが多々あるのだよ。つまり私の、私による私のための決定というわけよ」
「そういうことなら、いってみようか」
滝でのんびりしていたので、店も開店時間を迎えていた。
「だいたいこういうとき、クッキーかまんじゅうのどちらかと、場は決まっているのだよ。せいくんはどうする」
「同じかな。かさばらず、ひとりで食べ切れるものならなんでも」
「竜の剣ストラップはいらないのか」
「あんなの小学校高学年の修学旅行でしか買わないんじゃないかな」
「なら木刀は」
「同じツッコミをされたい?」
つれないな、と不満げな表情だった。
僕が小学校の修学旅行で竜の剣ストラップと、木刀を買ってしまったのは事実。それを過去に、雫に話して大爆笑された。
そのネタを引っ張り出してくるとは、よく覚えていたものだ。中学校の前半で一度か二度語ったくらいの話だと思うのだが……。
かくして、同じお菓子、まんじゅうを買うことになったのだが。
「せっかくだ。お揃いのストラップを買おう」
「買って、どこにつけるんだ」
「学校指定のリュックだ」
「匂わせもいいところじゃないか」
「私は必ず遂行するつもりでいる。折れたくはない」
そうきたか。
ここで、どうかわすべきだろうか……。
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