第20話 白石の本当の気持ち

 笹本の撃退には、成功したといっていい。


 争いになったとき、現在帰宅部の僕がなぜ動けたか。


 それは、叔父さんことジローさんの指導によるものだ。あの人は雑多な知識と技術を兼ね備えている。あるとき、ジローさんが身体の動かし方を伝授してくれたのだった。


 戦闘の後、笹本と途中まで同伴することになった。背中が痛んだそうだ。明らかにやり過ぎだった。


 電車での移動。白石とは同一の方面で、笹本が先に降りる。同じ電車で、車両を変えて三人が乗ることになった。いささかシュールだ。


 笹本と隣になって、すこし話をした。


『俺は馬鹿だ。すべてがうまくいくと思って生きてきた。ちょっと方向性のズレたことをしても、周りが許してくれた。世間を舐めていたんだな』


 と、ざっくりこのようなことを語っていた。


 今後は白石といっさい関わらないと断言し、代わりに僕と連絡を取りたいとの話だった。理解不能だ。


 意外とものわかりがよかった。その理解力なら、早々に白石への付き纏いもやめられたのでは、という疑問は封印しておく。


「じゃあな、サングラス」

「またいつか」


 笹本が降りていったところで、白石と合流した。


 隣の席に座り、話し始める。


「お待たせ」

「この度は、本当にありがとうございました。叩きのめす姿、かっこよかったです」

「いや。手荒な手段に出たのは、愚策だった。あいつを刺激したのもよくなかった」

「いいんです。打ちのめした笹本さんを、途中まで介抱していたのはシュールでしたけど」

「あの人は忘れよう。もう二度と会わないからね」

「ふふふ。終わってしまえば、意外と気が楽になりました」

「それはよかった」


 肩の荷が降りたようだ。白石の表情にすこし活気が戻ったように見える。


「やっぱり安田さんはすごいです。私の悩みを華麗に取り払ってくれるんですから」

「華麗なんかじゃない。僕はただの相談役なだけだよ」

交渉役ネゴシエーターは失格みたいですけど」

「ひと言多いよ」


 冷静さを保つことができず、拳というわかりやすい手段に出てしまった。相談役としては未熟である。


「ともあれ、安田さんのような強い人って憧れます」

「僕は臆病なだけだ。よっぽどあの男の方が強いよ」

「私のいう強さは、芯の強さです。人のために尽くす懸命さが、強さです」

「かなり強い、と認めてくれているのかな」

「はい!」


 いい返事だ。


「私、なによりうれしかったことがあるんです」

「これ以上褒めたってなにも出ないよ」

「いいんです。私がいいたいだけなので」


 そうして、白石は続けた。


「安田さんが、『白石さんは僕の彼女』だって断言したのが、忘れられないんです。私たちは付き合っていませんし、ただの方便だとわかっています」

「うん」

「それでも、安田さん。いや、安田くん。私は――」


 続きを話そうとしたところで、まもなく駅に到着するとアナウンスが入った。


「……やっぱり、なんでもありません。私、もう降りないとですし」

「また本心を隠すんだ。心の声を聞かせてほしいと、前にもいったのに」

「でも」

「いったん降りるよ。仕切り直して、胸に秘めようとしていたことを教えてほしい」


 ドアが開く。席を立ち、プラットホームへと降りた。


 人はまばらで、降りた客も階段やエスカレーターの方へといってしまう。さほど人がいない状況が生まれた。


「じゃあ、いいます」

「聞くよ」

「私は、『僕の彼女』と宣言された瞬間、胸がザワザワしたんです。いままで感じてこなかった、あたたかい喜びが全身を駆け巡ったんです」

「それはその、つまるところ」

「安田くんに、ときめいちゃったんです」


 そうきたか。


 笹本を撃退してからというもの、白石の態度に変化が現れたのはわかった。


 が、こうもストレートに思いを伝えてくるとは。


「ときめいたんだ」

「イコール付き合いたい、とまではいくかわかりません」

「自分でも、心の整理がついていないんだ」


 はい、と明るく答えた。


「こんなこと初めてで、どうしたらいいかわからないんです。いまドキドキするのは、一種の吊り橋効果かもしれません。場の雰囲気に流されているだけかもしれません」

「その判断は、難しいね」

「だからこそ、しっかり時間をかけて確かめたいんです。いまは、ときめいたことだけは伝えなきゃって、先走ったわけです」


 白石が次に伝えることは、あらかた予想がついていた。


 ここ最近、イレギュラーなことが続いていた。ゆえに、イレギュラーな状況への耐性がついている。


「つまり、安田くん!」


 声が急に大きくなり、一歩前に踏み出してくる。


 メガネの奥から見つめられると、さすがに冷静ではいられない。美人であることが、強調されるのだから。


「私を、彼女候補にしてくれませんか」

「彼女にしてください、じゃあないんだ」

「安田くんは相談役で、女の子との出会いが多いと思います。だから、他の子と懇意にしているかもしれません。これは憶測ですが」


 正解である。君が告白をした人としては三人目だ。


「こんな私を選んでくれるかはわかりません。安田くんの第一志望になれる自信はありません。ですが、第二志望も捨てたものではありません。昇格のチャンスは、ゼロじゃありませんから」


 彼女候補にしてほしい、という始まりだったけれど。


 結局、ストレートな告白だ。


 新たに意識する対象が増えたということで、間違いないだろう。


「白石さんとはあまり会えないと思うけど、それでもいいのかな」

「かまいません。直に会えなくても、安田くんとは繋がっていられますし」


 そういって、スマホを取り出した。


「なにかあったら、メッセージで連絡しますね」

「これまでの関係の、延長線みたいだ」

「どこまで発展するかは、わかりませんけどね。ふふふ」


 九条や雫のような凶暴性は、いまのところ垣間見られない。


 だからといって、白石を完全に信用するのは難しいところだ。隠し持っていた性質が、僕のことを悩ませ、いまの人間関係を大きく変動させる可能性は、ゼロといえないのだ。


「僕は君を否定しないよ。その反面、君を彼女にするとは断言できない。中途半端な関係が続くかもしれないけど、それでもいいのかな」

「覚悟の上です。トキメキって、しがらみがあるからやめられるようなものじゃないですし。初めてですけど、そう思います」


 じゃあ、きょうはありがとうございました――そういって、白石は去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る