第21話 九条に新たな関係を問い詰められる

 白石は、かくして新たな彼女候補に加わった。


 まさか、こうして新たなフェーズに突入するとは思っていなかった。笹本を撃退し、白石に感謝されて終わるとばかり思っていた。


 白石に告白された以上、これから新たな動きがあると見ていいだろう。


 進展があったのは、白石に告白された次の日のことだった。


 メッセージを確認する。送信元は、白石ではなかった。


 なぜか、九条からだった。


「どういうことだ……?」


 恐る恐る内容を確認していく。


『九条:ちょうどきのう、私の元カレから連絡があったんだ。これまでのことを謝りたいってさ。いきなりびっくりしちゃった。どうも、白石って人の彼氏にこっぴどくやられたみたいで。で、なぜか白石の彼氏と意気投合したみたいなんだよね』


 自分が誰かを明かさずに、笹本とは話した。


 なにせ、笹本は九条の元カレかつ白石のストーカー擬き。いろいろと面倒な立ち位置の男だ。


『その話を聞いていくなかで、ふと気づいちゃったんだ。話す内容や口調が、誠一郎くんに似ているんじゃないかって』


 嘘だ。


 そんなバカな。


 僕はただ、笹本と会話を重ねていただけだ。自分の特徴をあまり出さないよう、できるだけ聞き役に徹していたというのに。

『まず、サングラスに変装をして本名を名乗らない姿勢。この時点で、隠し事をしたい人だと思った。もしかしたら、白石って人の本当の彼氏じゃない可能性も出た。そんな変装、ふつういらないから』


 文章を読み進めるうちに、冷や汗が止まらないことを自覚した。もはや僕が黒だとは割れているのだろう。先へ先へと進めるのは、わかりきったことを確認するようなものだ。


『面倒な立場にいる誠一郎くんが、この件に絡んでいると見た。初めは単なるこじつけだったけど、多分正解だと思う。なにせ私は、クラスメイトの細かな特徴くらい、全員分把握しているから』


 特徴はすべて掴んでいる。その一文に、九条の凄みを見出した。


 変装をしたところで、人の本質までは隠しきれない。そんなところだろう。九条の有能さには、やはり頭があがらない。


『私は確信しているけど、誠一郎くんからの言質は取れてないね。だから、今度確かめたい。白石さんとはどういう関係で、誠一郎くんがどう思っていて、私に対してなにを感じているのか。とっても知りたいな』


 何回かに分けて送られてきたものだが、れっきとした長文。僕が奥深くに隠したいことを、無理やりこじ開けて中身をのぞいてくるような態度。


 九条に誤魔化しは通用しない。適当なことをいってはぐらかしても、追及の手は止まらないだろう。


 ここで事実を明かせば、九条からなんらかのアクションがあるのは必然だ。どこまで行為がエスカレートするかは、未知数である。


 いささかの恐怖や不安はつきものと割り切ろう。


 こうして、僕は九条と会うことにした。


「会う予定は……きょうで確定か」


 きょうのうちに会わないと、気が済まないといった様子だった。九条に逆らうつもりもないし、時間に余裕もある。会うことになった。


 場所は、今度は僕の家だ。ひとり暮らしなので、もちろん僕しかいない状態だ。


 九条にどう詰められるかヒヤヒヤしながらも、インターホンが鳴るのを待つのだった。


「きたよ」


 ドアを開けると、上機嫌な九条の姿があった。いまのところはニコニコしていても、ここから一気に嫉妬モードに突入しそうなのだ。気は緩められない。


「フットワーク軽いね」

「気になることは、すぐに解決したいもの。私、情報収集に関しては生真面目だから」

「クラスメイトの口調から癖まで細かく把握しているのには驚いたよ」

「人を説得するには、まず相手を知ることから始まるものね」


 常人離れした執着と能力が、僕からボロを出させたといっても過言ではない。


 会話が始まる前、九条が洗面所にいるときが一番ヒヤヒヤした。当たることが先にわかっていながらも、長い演出を見させられているようなものだ――などと、ジローさんならいうところだ。


 僕のベッドの上にふたりで腰掛けて、尋問は始まった。


「それで、白石さんとはどういう関係なのかな、って」

「数多いる相談相手のひとりだよ」

「で、笹本がいうには、『僕が白石さんの彼女です』なんて断言したらしいのよね」

「僕がそう断言した張本人とは限らないよ」

「背格好も、ふだんの誠一郎くんにそっくりだったわ」

「サングラスなんてかけないよ」

「なんでその人が、サングラスをかけていたって知ってるの?」


 無駄な抵抗に意味はなかった。墓穴を掘るだけだった。


「……はい。お察しの通り、僕が白石の彼氏と自称していたよ」

「付き纏いを追い払うためとはいえ、彼氏として振る舞っていたのはちょっと悲しいな。私という立派な彼女候補がいるのに、たかだか短く浅い関係の白石さんに彼女を名乗ってほしくないかもしれないなって」


 めちゃくちゃ語っている。冷静さを保とうと必死の様子だが、隠しきれない嫉妬が溢れかえっている。


「相談相手のために最善の手段を取るのが、僕の務めなんだ。ただ、九条の気持ちを無視して、彼氏をかたったという点はよくなかった。申し訳ない」

「正直にいうと、私は嫉妬していただけ。そして、白石って子のことが気になっただけ。なにか進展があったら教えてほしいな。誠一郎くんのことをより知ることに繋がるし」


 ここにきて、九条の重さがふたたびのしかかる。ライトな感じの白石から一転、先に彼女候補になった九条が意地を見せたといっていいだろうか。


 笹本のことに関しては、僕と九条と白石の話だ。雫にまで火の手が回ることはないとみたい。願望だ。


 きょうは九条をなだめるムードでこの日を終えたいところだ。変に、白石から告白を受けた話が漏れなければ御の字だ。


 ……ピロン。


 生まれた沈黙を引き裂くように、着信音が鳴った。僕の携帯に、噂の白石からメッセージが入ったのだ。


『白石:先日はありがとうございました。私、やっぱり安田くんにときめいてるみたいで、きょうも頭の中がふわふわします。もしよければ、今度、デートみたいなこと、しませんか? もっと仲良くなりたいです。告白の返事がいつか返ってくることを願っています』


 ストレートにきた。ときめきは、一日で過ぎ去るような勘違いではなかったらしい。


「誰からのメール?」

「あぁ、相談相手の子」

「妙に顔が青ざめてるけど」

「いや、そんなことは」


 片手でスマホの電源を落とそうとしたとき、ボタンに指をかけ間違えた。スマホは手からするりと抜けて、そのまま九条の方へと流れた。


 白石のメッセージが画面いっぱいに表示されたまま、九条の視界に入ってしまった。


「あ」

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