第18話 白石につきまとう男は……

 油断していた。


 白石から、偽彼氏の役割を頼まれるなんて。


 告白関連が、九条と雫だけで踏みとどまるとも限らない。自分の思い込みが、現実とマッチするものではないのだ。


「すぐにオーケーを出すのが、優しさなのかもしれないね」

「ダメ、なんですかね」

「僕はただの相談役だ。白石さんとは釣り合わない。誤解の種は、増やしたくない」


 九条と雫に例外を使った自分が、いまさら常識人のような面をする。おかしな話だ。


 できることなら、セカンドベストで手を打ちたい。白石の望みを叶える、最善ではないとしても。


 誤解の種は、もうこれ以上増やすものではない。自分のせいではあると、わかってはいるが。


「そう、ですよね。他の相談相手の人もいて、安田さんにも事情がありますよね。やっぱり、自分でなんとかします」


 しゅんと落ち込んだ顔で、白石さんはボソボソと語った。


 自分の心をひた隠している。それではいけない。相談役として、見過ごせない。


「本心を聞かせてほしい。いまだけは、偽りのない思いで語ってほしい」

「……助けて、ほしいです。彼氏のふり、してください」


 潤んだ瞳で見据えられる。平然としていられるはずもない。助けて、は心からの叫びだ。


 自己保身に走りたい気持ちもあるが、人の悩みはそれ以上に無視できない。


「わかった。手を打とう」

「彼氏役、本当に引き受けてくれますか」

「あまり派手にはやらないけどね」

「ありがとうございます!」


 作戦は決まっていた。


 まず、笹本を呼び出す。


 次に、大胆に振って拒否の態度を見せる。


 最後に、変装をした僕が白石と懇意であるかのように見せつける。


 リスクは大きい。しつこく付き纏っているような男だ。ショックゆえに逆上される、なんてパターンも考えられる。


 そのため、万一の場合でも助けを呼びやすいように、場所は高校とする。体育館の近くとする。


 最悪、体育館近くに刺股がある。押さえつけることは可能だ。


 ……そこまでの事態になるとは、考えにくいし、考えたくもないが。


 決行日は、笹本と予定がつき次第である。


 さっそく、白石の方からメッセージを送らせる。


「メッセージ、ブロックしたくても怖くてできなくて。正真正銘、これが最後のやりとりになってほしいです」

「そうさせるよ。僕がついているからね」

「安田さん……やっぱり、頼りになる人ですね」

「弱くて臆病なだけだよ」


 笹本からの返信は早かった。会いたいという旨のメッセージが送られた。


「しかも、いますぐに、です」

「だいぶご執心ってところだね。話には聞いていたけど、本当に折れない人だ」

「執着は呪いみたいなものです。かける相手もかけた側も、お互いを蝕むんですから」


 白石は苦しみ、笹本も我を忘れている。いいことはなにひとつない。


「あと三十分でくるそうです」

「思ったより早いね。変装道具を揃えないと」


 今年の文化祭で使った備品が、教室に残っている。


 教室には鍵がかかっていない。入るのはたやすかった。


 サングラスにウィッグと、望みの品を調達する。つけてみると、まるで別人だ。


「どうかな」


 戻ってきて、第一声をかける。


 僕の姿を見た白石は、腹から笑っていた。


「や、やめてくださいよ、その格好」

「おかしいかな」

「ふざけているようにしか見えない、というか」

「問題を解決するためだ。顔が割れない、笹本が金輪際近づかない。これを満たすためだ」

「ちょっと、直視できないので後ろを向いてもいいですか」

「いいよ。なんだか傷つくけどね」


 鏡で見たとき、あまりの似合わなさには絶句したものだ。改めて指摘されると、思うところがある。


「……なんとか落ち着きました。本当に失礼しました」


 振り返ってこちらを見た白石。口元がプルプルしており、笑いを堪えているのは明白だった。


「細かいところは気になるけど、ひとまず置いておこう」


 気持ちは緩んでいるが、今後は引き締めなければならない。


「とにかく、気を引き締めて待っていかないとね」

「おっしゃるとおりです」


 白石の表情が引き締まる。


 ここからは、ふざけていられない。すこしでも気を抜いていると、危険に晒されるかもしれないのだ。行き詰まって余裕を失った人間がどう動くかは未知数なのだ。


「リハーサルはしっかりといこう。成功の秘訣だからね」


 実際にどう対応するかを詰めていく。


 懇意であるフリをするにあたって、距離感をどこまで縮めるか悩んだ。


「身を寄せるのは」

「頑張ります」

「さらに近づけるのは」

「魂を削ります」

「軽く体を引き寄せるくらいにしよう」


 そんなやりとりを経て、体の寄せ具合は決まった。


 時間が来るまでは、近況を語り合っていた。


「私、おみくじで凶が出ちゃって」

「凶って実在するんだね」

「だから、きょうも無事に帰れるかヒヤヒヤしていて」

「僕まで不安になってきそうだ」


 一番知りたくなかった情報である。作戦が無事にいかないと、かなりしんどいというのに。


 不安が心の中で芽生え出したところで、笹本らしき男の姿を視認した。


 いよいよ始まるようだ。

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