第15話 恋人候補の願い事は……
「誠一郎くんは、なにを祈るの?」
九条は尋ねる。
「無病息災、受験の成功かな」
「へぇ。無難なのを選んだね」
「奇抜な頼み事をしても仕方ないよ。かくいう九条は?」
「恋愛成就」
「ストレートだね」
「当然。私は欲望に忠実だから」
九条の発言は、あまりにも率直だ。
添い寝をした日から、積極性が増しに増している。ここからどこまで上限突破していくのか、いささか不安である。
「無難なお願いにするのは、結局忘れるからかな」
「それって元旦の抱負じゃない」
「僕の場合は、抱負もお願いも忘れてしまう。両方ねんだ」
「そっか。でも、私の願いごとは、忘れられそうにないでしょう?」
「違いないね」
九条の押しの強さからして、しばらく脳から離れそうにない。
順番が回るまで、九条からの語りかけは尽きなかった。もはや、九条の真面目な委員長らしさが、自分の中で崩れつつある。
これまでのステレオタイプだって、いってしまえばただの思い込みだ。彼女の本質は、別のところにあったのだろう。
「で、私ね……」
九条の近況報告が続いている。
人との関わりが多い九条。イベントが盛りだくさんで、なかなか楽しめるものだった。
「幼稚園児のいとこ家族と、買い物に行ったの。で、おもちゃをたかられたわけ」
「クリスマスごろだからか」
「そう。家でも貰ってるはずよね。向こうの両親がすこしいなくなっただけで、すぐ擦り寄ってきて。こっそり買ってほしいって」
「早熟だ。策士だね」
要領のよさというのは、小さい頃から養われているものらしい。
「あの子、泣きついちゃって。かわいそうで仕方なくて」
「小さい子の涙はずるいね」
「五千円くらいなら、いいかなって。年が明けたらお年玉も貰えるし」
「買ってあげたんだ」
「渋々ね。もう次はしない。絶対正月にもたかられるけど」
「ちょろいと思われちゃった、と」
そう、と九条は答える。
「損失はあったけど、ノウハウを得たの」
「どんなノウハウかな」
「……一度条件を飲んだら、次のハードルが下がるってこと」
なるほど、と僕はつぶやいた。
「気づいた?」
「もちろん。あからさまもいいところだ」
「誠一郎くんの攻略プラン。条件はもう、二回も飲んでくれた」
「すっかり策中にはまっていたね」
「計画通りね」
心理学を思わせる手法だ。計算ずくというイメージが補強される。
「私は策を立て続けるから。雫さんには負けない」
「頭に入れておくよ」
「
目がしっかりとあう。プレッシャーが、じわじわと迫ってくる。
時が止まったような瞬間は、叔父さんの声で遮られた。
「もう次だぞ、前を見ろ」
わかった、といって九条から目線を外した。
ようやく鈴を鳴らすことになる。
一礼二拍手だったか忘れたが、前の人を見て真似る。賽銭を入れて、手をあわせる。
祈ることは、健康と受験。ブレないところだ。
それで終わろうかと思ったが、脳裏に九条と雫の姿がかすめた。
ギラギラしたふたりに囲まれて、困ったことにならないだろうか。一抹の不安が押し寄せる。
いままでなら、軽く流せていた。当人に踏み込むようになったからこその悩みだ。
……祈っておこうか、平穏無事を。
目を開けると、九条はまだ祈っていた。
そろそろいくぞ、と声をかけるかどうか迷う頃になって、ようやく立ち去った。
「長いね」
「願いに具体性を持たせちゃった。そしたら、止まらなくなって」
「執念だね」
「欲しがって、求めないと、手に入らないから。そうやって、自分の立場を築いてきたから」
真面目な顔で語った。
それから、表情を緩ませて。
「おみくじ引こうよ」
「いいね」
左側に、お守りとおみくじの特設コーナーがあった。
「走る?」
「もう、醜態を晒したくはないよ」
「私に負けそうだから?」
「体育祭の活躍を見ればね」
九条は、委員会活動だけに止まらない活躍を見せている。
文武両道を体現した人だ。
体育祭でいえば、学級対抗リレーではアンカーを務めている。
そんな相手に、走りで勝負を挑めるだろうか?
「仕方ない、歩くね」
「助かるよ」
列のなかに入ろうとする。
人がたくさんいる。また待ちそうだ。
「去年のおみくじは――」
語ろうとしたとき、視界の中に知り合いがいると気づいた。
必死に手を振って、アピールしようとしちえる。ただ、小さな身長のため、埋もれてなかなか全身が見えない。
雫である。
「どうしたの、お化けでもみたような顔をして」
「いや、ぼんやりしていただけだよ」
「嘘。目線が雄弁に語ってる」
僕の目線を追って、九条が周りをジロジロ見始めた。
「みーつけた」
「あ」
「野上さん、ここにもいるんだ。巡り合わせって面白いのね。でも残念。私がいま、誠一郎くんの隣にいる事実は変わらない。いま、私は雫さんに勝っているの」
「性格悪いことをいうね」
「勝利は喜ばしいことなの。一喜一憂したくなるものなの」
目と目があった以上、無視するわけにはいかない。
列から離れた後、またしてもふたりの論争が勃発することだろう。
新年早々、とんでもない爆弾が投下されてしまったらしい。
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