第14話 初詣、彼女候補と出会う

 九条が来てから三日後。


 新年を迎えた。気持ちは晴れやかで、全能感に満ち満ちている。


 大晦日から、母方の実家でお世話になっている。年越しそばは、ちゃんとした店で予約した。最高だったのはいわずもがなだ。


 きょうは初詣に行く。叔父とふたりきり。長年の習慣だ。


 お参りするのは、地元でもひときわ大きな神社だ。早朝に出発しないと、長蛇の列に苦しむことになる。


 現在、神社を目指し歩いている。睡眠不足で、頭がぼうっとしている。


「誠一郎、彼女はできたか」


 叔父が語りかけてくる。


「できないよ。僕は話を聞くだけで、相手を楽しませるまで気が回らない」

「聞くのも立派な才能だろう。狙っている子もきっとたくさんいる。これから増える」

「増えるのは、もう懲り懲りだよ」

「進展はゼロじゃないみたいだな。ハハハ」


 さらりと口にしてしまった。叔父の追及は面倒だというのに。 


「祈っておこう。立派な彼女ができますようにと」

「おせっかいです」

「つれなくなったなぁ」


 歩いていくと、門についた。いつも思うが、どでかい。先を見ると、早くも人が並んでいる。


「よし、誠一郎。走ろう」

「新年早々、飛ばすのはよくないよ。去年も調子に乗って肉離れしていたのに」

「準備運動さえすれば、問題はない」


 体を伸ばすと、いきなり走り出した。


「待ってくださいよ」

「若いんだ。追いつくのも余裕のはずだ。走れ」


 あなたの方がよっぽど若々しい。


 帰宅部のなまった体にムチを打ち、へ日へ口になりながら追い続ける。


 息が上がりそうになりつつも、なんとか終わった。その場で走っているあたり、まだまだ余裕そうだ。


「来年こそは、私を超えてほしいな」

「無理な話だよ。受験生になったら、もっとなまってそうだし」

「いわれてみればそうだ。再来年だな」


 やれやれ。肩をすくめたいものだ。叔父には本当に、驚かされるばかりである。


「ふぅ」 


 白い息を吐きながら、順番が来るのを待つ。だいぶ飛ばしたので、しばらくは最後尾になりそうだ。


「知り合いはいそうか?」

「いない。いまのところは。都合よく、会えるものでもないよ」


 そう思っていた。


 後ろの様子を見ようと振り返るまでは。


「誠一郎くん!?」


 私服姿の九条がいた。 


「どうして、ここに」

「私だって、初詣くらいするよ」

「にしても、偶然ってものがある」

「全速力なのに残念な誠一郎くん、かわいかったよ」

「恥を晒してしまったみたいだ」


 僕らの様子を右、左。叔父は視線で追っていた。


「はじめまして、お嬢さん。あけましておめでとうございます。私は安田君の叔父です」


 そして、あとから来た九条のお父さんにも挨拶をする。僕も同様だ。


「誠一郎は女の子と発展がないと話していたみたいなんだが、仲のいい子がいて安心した」

「いえいえ。私は叔父様がいうような関係ではありませんよ」

「では、どのような」

「立派な彼女候補、ですかね」

「おい、九条」

「恥ずかしがらなくていい。叔父さんには脈なしって話していたのにな。この大嘘っきめ。うるさい大人は、いったん引いておく。ふたりで好きに話していなさい」


 叔父は、九条父と一緒に後ろに回った。


 九条、強めに出たな。


 自分が彼女候補だと、僕の叔父、そして自身の父の前で高らかに宣言する。


 外堀を埋める、とはこのことか。


 こうなると、叔父に厳しく追及されるのは間違いない。


「九条、あそこまでいうとは」

「なにひとつ嘘はいってないよ。私はずっと誠一郎くんの座を狙っている。立派な彼女候補じゃないかしら」

「たしかにね」

「雫さんには、絶対負けないから」

「ああ」


 僕が答えると、九条は手をすっと出してきた。


「どういうつもりなんだろう」

「手を繋ぎたい」

「大人チームの前で、か」

「だからこそ、だよ。あの女を、完膚なきまでに叩きのめすためには、手段を選ばない。それだけ」


 笑って誤魔化すしかなかった。


 さっき、自然と外堀を埋めてきた。当然であるかのように、慣れた手つきで。


 学級委員で活躍している理由が、すこしだけわかった気がする。クラスだけにとどまらない活動には、他所への根回しが大事になってくるはずだ。よそでの経験を、活かしているのか。


「断るっていったら?」

「断れると思ってるんだ。私は君の香りさえ求めるほど、愛してるのに」


 闇と病みが見える瞳にロックオンされ、選択の余地がないと理解した。


「……これは特別だ。叔父さんにあんな風に宜言された手前、繋がないわけにはいかない」

「ありがとう、誠一郎」


 さらりと呼び捨てだった。黙っていると、あっという間に距離が詰まってしまいそうだ。


 差し出した手を握る。あたたかさは、クリスマスのあの日を想起させる。


「クリスマスのこと、思い出したって顔をしてるね」

「どうしてそう思う」

「あの日もこうやって、握ったから」

「正解だね」

「誠一郎くんは、手を握るたび、私を強く意識する。もう手遅れだね」


 ここまでの流れを読んだうえでの行動。すべて、計算ずくで動いているのかもしれない。


 雫の家から帰ったあの日の暴走も、きっと意味を付与して、次を見据えていることだ。

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