第10話 次の日
次の日、早朝。
目覚めると、後悔が頭の中を走った。
隣で、雫は寝息を立てている。しっかりと抱きついて、離すのに苦労した。
なぜ、添い寝をしないと主張した雫がここにいるのか。
答えは簡単。
僕の布団にふたたび忍び込んでから寝落ちしてしまったからである。動かしようもなかったので、放っておくしかなかった。
結局、相談役なのに、中立から逸脱してしまった。あまりよくない傾向だ。
「うっ、おはよ、せいくん」
抜けた表情は、本当は家族か恋人くらいしか見ることができないだろう。
「おはよう」
「なんだか、隣にいてくれてうれしかった。冬休みは毎日やってくれ!」
「きょうだけの特別だ。そもそも、僕は断っていた。雫の違反」
「受け入れる……」
九条には擬似デートを、雫には添い寝を。それぞれに、与えることとなった。
相談役と恋人未満の間でフラフラしているものだ。
「せいくんとのイチャイチャは、さしあたり脳内完結させる予定だっ」
「本人の前で高らかに宣言しないで」
「私の思いは止まらない! なにをいわれようとも!」
拳を握りしめ、宣言した。
朝食の準備に移る。きょうは早々に帰ると決めている。二日もいると、雫の要求ラインが向上し続けるだろう。
雫はしぶしぶ受け入れた。代わりに、食事のうち半分はアーンしてほしい。図々しくも、交換条件を提示したのだ。
「アーンを求めるなんて、驚いた。反省がないのだろうか」
「せいくんは童心に帰りたくないの? バブみを感じたくないの?」
「さほどね。というか、話を逸らさないでよ」
「都合が悪いから。ほら、ここ」
共感できないまま、食事を雫の口元に運んだ。小さな雫を前にすると、餌付けのように見える。
ひと口ふた口と重ねるごとに、リアクションがいちいち大きい。それを含めて愛らしい。
「やっぱり、アーンでうまみ倍増だ。ぜひ高校での実行も求めたいっ」
「できるわけあるか」
「それなら屋上で」
「アニメじゃないんだし閉鎖されているよ。万が一があったとしても、上階の埃っぽい踊り場で妥協してもらう」
「げぇ、埃まみれは勘弁かも」
雫の崇高な計画は頓挫したのだった。残念。
「しばらくは冬休み! 旧友とは、ときおり顔を合わせたいものだ」
「毎日フリーってほど、冬休みは暇じゃないもんな」
「もちろん。推し活と友人との遊戯、親戚の集まりと盛りだくさんだ」
僕も、他の子の相談が一定の間隔である。遊ぶ予定もそれなりに。
いずれにしても、大晦日から三が日にかけては、あまり派手には動けない。
限られた冬休みとあって、相談は同じような日程に舞い込む。雫以外にも、考えることは盛りだくさんだ。
「僕も忙しそうだ」
「む、他の女に気を取られていると読んだ」
「……間違いではない」
「腹立たしいな、モテ男め」
「本当にモテるなら、相談ばかりに明け暮れないよ」
「果たしてそうだろうか、野上雫は疑念に支配されるのであった……」
「モノローグかよ」
ふざけ倒していると、朝食は終わってしまった。
「なんだかせいくんの一部を食べているように感じた」
「やらしい表現は控えよう」
「そ、そんな!? 私は健全なアニメで育っているのに!?」
「ユーリア様はエロも暴力も含みまくりだったね」
「……意味深なのは『伝承の魔術師』の略称だけじゃないと認める」
ユーリア様の、目も当てられぬ夢小説について本気で語っていた雫。いまさらなにをいおうと、笑って受け流せる。
「そんなことはどうでもいい。また会おうぞ、せいくん。次こそは、委員長を打ち倒す」
「物騒だね、とだけいっておくよ」
「応援しているよ、じゃないのか」
「片方の肩ばかりを持つわけにはいかないよ」
「ずるいのに真っ当でいようとするんだね、せいくん」
おっしゃる通りだ。
「このままだと、雫に論破されそうだし、去らせてもらうよ」
「都合が悪くなるとすぐ逃げるのだな」
「保身に走らせてもらうよ」
いって、雫の家を後にした。両親が起きてくる前でよかった。いろいろと追及されるのは後日でいい。
軽くなった体で、家を目指していく。
家にたどり着くまで、そう時間はかからない。三十分もあれば着く。
帰るルートは見慣れたもので、とりわけイレギュラーはない。いつものようにいけば、あるはずもなかった。
家に到着する、直前のこと。
背筋に悪寒が走った。第六感が、異変の存在を伝えてきた。
引き返すべきだろうか。いや、家には帰らないといけないわけで、Uターンしても結果は同じ。
違和感を無視して、突き進む。
「おかえりなさい」
出迎えがあるはずもない。家には基本、僕しかいないはず。
なのに、聞き慣れた声がした。
「朝帰りは、委員長が取り締まらないといけないよね」
「九条!?」
「うん、九条紗夜です」
「見ればわかる。問題は、どうして君がそこに立っているかだ」
なぜ僕の家を知っている。
九条に、住所なんて個人情報を教えた記憶はない。クラスの連絡網なんてとっくに絶滅しているし、簡単に辿り着けるはずもない。
いったい、なにが起こっている。
「六次の隔たりって、知ってるかな」
「すくなくとも六人いれば、任意の人にたどり着く」
「要するに、誠一郎くんの住所を知っている子に行き着くのも、そう難しい話ではないの」
僕の家がどこにあるか。九条が知らなくとも、僕の知り合いが把握しているケースは十分ありうる。
「日々信頼は勝ち得えているって、相当なアドバンテージなんだ。それらしい嘘をでっちあげたら、すらすら吐いてくれた」
「委員長だけは敵に回したくないね」
「そうだよね、誠一郎くん。だったら、どうして朝帰りなのか」
目のハイライトが消え。
「いえるよね?」
距離を殺した。
「ちょっと散歩に」
「別の女の子の匂いがする」
「姉貴の匂いかな」
「誠一郎くんはひとりっ子だよね。なんでそんな嘘をつくの? どうして?」
九条は容赦なく切り込んでいく。嘘の理由をすっぱ抜くだけの凄みがある。
冷や汗が垂れる。
僕はいま、最大ともいえるピンチを迎えている。
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