第8話 相談役の新たな愛し方

 雫のテンションは上がっていくばかりだ。


 夜が深くなるにつれ、こちらを意識するような動きが目立つ。


「夜だからって、頭の中をとろけさせるものではないよ」

「大丈夫、問題ない。私はアニメで義務教育を終えているんだ」

「不安しかない」

「距離感の詰め方をバグらせると、人が集まるらしいぞっ」

「現実を見ることをお勧めしたい」


 冗談だというのはわかっている。が、現在の不安定な雫からの発言には注意が向いている。


 大胆で、ずるい行動に出ると堂々と宣言されている以上、そうなるのも無理もないのだが。


「もちろん、せいくん以外にはできない方法だよ。信頼を勝ち得た相手でないと、距離感をおかしくするのは許されない」

「短い付き合いだと、単に引かれて終了だからね」

「たぶん、私の友達がすくない理由はそこにあるのかも……?」

「悲しい気づきを得たな」


 雫の交友関係は、割り切ったものだ。ありのまま見せて、好き嫌いを完全に相手次第とするタイプだ。


 大切にしてくれる人、邪険にしてくる人とでぱっくり分かれるのだ。


「ところで」


 万能な切り替えワードを雫は放つ。


「きょうはこの私と同じベッドで寝るの?」

「変な想像でも膨らませているのかな」

「質問を変える。私がしっかり抱きしめながら寝ても、許してくれる?」


 高い火力のある発言だった。随分と強気に出ている。


 雫の小さな体が僕の体を包み込む。その光景がありありと思い浮かぶ。


「許すもなにも、ふしだらだよ」

「いい匂いに包まれたい。愛を知ってみたい。これ以上の理由が必要?」

「一方的な愛の押し売りは、時に困惑を生む。僕にも僕の意思がある」

「ごめん、双方向の愛には慣れていないもので」


 いいよ、と優しく語りかける。


 雫がガンガン詰め寄るのは、初対面から変わりない。


 中学一年のとき。人との交流に消極的な僕にも、雫は果敢に話しかけた。


 誰ふり構わず話を振る。ちょっと仲良くなったと思うと、自分の好きをキラキラしながらアピールする。


 時と場所をわきまえぬ熱量に、圧倒される者も多い。僕は、面白いと感じた。だから、雫と仲良くなろうと決めたのだ。


 雫は、ひと癖もふた癖もある。それがいい。


 今回の大胆な行動も、その延長線上。思うと、すこしは気が楽になる。


「だからさ、ちょっとタイムを取る。いったん下に行くから、せいくんもよく考えて!」

「よかった、肩の荷が降りるよ」

「私が厄介な女の子みたいじゃない!?」

「どうだろう。胸に手を当ててみるのをおすすめするよ」


 意地悪、といって降りてしまった。申し訳ない。雫にはちょっかいをかけたくなるのだ。


「……変わったのだろうか」


 いや、そのままだ。変化ではない。


 進化したのだ。


「自分はそのまま、周囲の環境がガラッと変わるとは、ね」


 自分にも、変革が必要だろうか。いままでの相談役としての立ち回りは、もはや通用しない。


 考えていると、着信音に思考を遮られた。


「九条か?」


 違う。別の子だ。すでに何件か溜まっている。九条・雫の事案を抱えつつ、他も同時並行だ。


 冬休みが始まった影響で、相談の手段はメッセージが通話くらいになる。


 いずれにしても、九条たちの影がちらつく。影響受けまくりだ。


 返信をこなしていくなかで、ひとつ引っかかるメッセージが。


 白石という子のものだ。眼鏡をかけた大人しい子で、なかなかの美人と評判だ。僕とは違うクラスに属している。


「悩んでいる男……これまただいぶ厄介だな」


 白石という子の相談内容は、こうだ。


 前々から笹本という男にいい寄られており、困っている。これまでも何度か異性関係で悩んでいると話はあったが、実名が出てくるのは初めてだ。


 この笹本という男、なんと九条と最近まで付き合っていた男なのだ。


 九条の元カレ、こちらに気を取られていたのか。


「そうなると、九条の付き合っていた頃から同時並行って……ことになる」


 世間は狭いというが、ここまでか。


 九条の掲げたポリシーは、相談相手と親しくすること。半ば冷めていてとはいえ、相手は彼氏の気を引き、よそ見させた女の子。


 万が一発覚した場合、ふたりは親しくできるのか。一抹の不安がよぎる。


 雫には休めといわれたのに、宿題をふたたび押し付けられた気分だ。


 ため息をつく間もなく、雫は一階から上がってきた。沈んだ顔からいつもの表情に戻す。


「お待たせ。あれ、せいくん? どこか浮かないな」

「隠したつもりが、バレバレだったかな」

「石の上にも三年。感情を読み取るのも、せいくんが相手なら、精度は上がったのさっ。せいくんが相手なら」

「他は追及しないでおくよ」

「優しさが無自覚に私を傷つける」


 うぅ、と大袈裟に泣いたふりを見せてくる。


「で、頭を冷やして考えたんだけど」

「うん」

「添い寝はダメだ。一度タガを外したら、引き返せなくなる」

「うそぉ」

「本当だ」


 ただ隣で寝るだけで、一線を越えるわけではない。


 それでも、本当にやるなら。


 相談している他の子を、裏切るように感じる。僕からは、できない。


「私はずるく生きる。はい、もしくは、イエス。ふたつにひとつ」

「僕には、残念だけども、他の子も大事なんだ」

「気を使いすぎだよ、せいくん。バレなければ、他の子にマイナスはない。プラス。相談相手の私が満足する。相談役は、それで不足?」


 なりふり構わない――雫が、推しに対して燃やした熱意と同じだ。


 僕は、目に見える範囲の人を、等しく救いたいと思う。ゆえに、特定の子を優遇する真似はしないと、決めていた。ある意味残酷な関わり方だ。


 雫は真逆だ。一点集中。とにかく愛を注ぎ込む。


 その熱量に、僕はいま押されていた。雫だけの幸せを、認めてもいいんじゃないかと。

 

 それでも――。

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