第7話 積極的なお泊まり要求
白熱のビデオ通話を終えると、雫はだらしなく脱力した。
「紗夜さんのカロリー高すぎ案件発動では」
「雫もそう思うか」
「私の愛に負けず劣らず、相当なもんでしょう……」
強気に出ていたはずの雫も、九条を前に怖気付いたと見える。
「紗夜さんって、思ったより面白い子だったね」
「人は見かけによらないらしい」
「本当にそう。まあ、負けないと決めているから問題ないよ」
「強いね」
瞳には熱いものが蘇っていた。
「初っ端から巨大な感情を容赦なくぶつけて、いろいろ驚かせてしまった。その点、申し訳ない」
「かまわないよ、感情をぶつけられるのには慣れっこだよ」
「おっとと、告白の保留禁止で動揺していたのは誰かな」
「慣れの許容範囲を超えたんだ。僕とて全能ではない」
この二日間で起こった出来事のスピード感、尋常じゃない。いままで平穏な相談役に徹していたというのに、なんだというのだ。
今年の年貢も納めどきだ、とでもいうのだろうか。
「通話したけど。結果的にせいくんを攻略しずらくなった」
「あからさまにアプローチするぞ、というのも芸がなかった」
「雫には思うところがあったわけか」
「反省や後悔の類。結局、攻めることには変わりない。ユーリア様だって同じだ」
次にいうセリフは、だいたいわかっている。
「宣戦布告は不利を呼び込むものではない、だったかな」
「セリフ奪われた!?」
ユーリア様の出てくるアニメは、あまりに見まくっており、セリフも頭に入っている。
即答してしまったのは、反射に近い。
「ともかく、私・野上雫は。せいくんこと安田誠一郎をものにする。時間をかけてでも、必ず」
惚れるように努力するよ、というのも変だ。
頑張れよ、も上から目線でやかましい。
「僕はどう答えるべきだろうか」
「男は黙ってサムズアップではっ」
「……」
慣れない笑顔を浮かべて、ピンと親指を立てる。
「これでオーケー。アニメでいうとこの、新章開始が始まったような気分っ!」
「雫はすぐアニメにたとえる」
「アニメと言っても、正確には、『伝承の魔術師たち』が九割」
「いわれてみれば」
雫にとって、『伝承の魔術師たち』は人生なのだ。
「三次元のせいくんも、ユーリア様並みに推すつもりだ」
「どれだけの熱量なんだ……」
「ご想像にお任せ」
とんでもないことになる。
四六時中、強烈に意識されることになる。きょうまでは、超巨大感情の矛先が架空のキャラクターに向いていたからよかった。
きょう以降は、思いのベクトルが僕に対して向くことになる。あまりに重く、鋭くストレートな思いを受け止め切れるだろうか。
雫自身が、自身を不敗と名乗ったのは的確だろう。対ユーリア様向けの感情は、一方的でも折れない強靭さがあった。
九条の場合は、己のステータスの高さから現れる余裕をまとった常勝。これと違うのはいわずもがなだ。
不敗は努力、常勝は天才のようなもの。いずれも、見くびれない。
「この後の予定って、そういえばどうなるんだろうか」
まだ日は沈んでいない。時間が有り余っている。
「え、一日中家にいるんじゃないの」
「どういうことだ」
「きょうくらい泊まっていきなよ、ってこと」
「ずるさの発揮は継続してたんだ」
「ふっ。当然よ。断る理由もないだろう?」
「おおせのとおり」
もうすこし家にいて、とくるのは想定内。泊まりがけは予想を超えてきた。込める思いが違うとなれば、おかしくない話だ。
「じゃあ、母上に話をつけてくる」
「よろしくいっといてほしい」」
わかっているよ、と雫は答えた。軽快なリズムで階段を降りていった。
中学からの女友達ではあるが、親同士に接点があったため、長年の幼馴染のような待遇を受けている。
長らくお家にステイさせてもらったこともあり、突然驚かれることもない。
さすがに泊まりがけは初めてだ。なにやら警戒をする必要がある気がする。
なにから始まるかと思っていたが、とりわけおかしなこともない。
お菓子をつまみつつ、ゲーム。昼飯にピザ。ゲーム再開。
そんな、いままでと変わらぬ他愛もない時間を過ごした。
途中でアニメ視聴パートが挟まった。これはやはり雫らしいといえる。
夕食になると、雫母からの詮索を受けた。
「ふたりはそんなに親密だったからしら」
なんて、明け透けなく問うものだから、はぐらかすのも苦労した。
むろん、いろいろ誤解されてもおかしくはないので、仕方ないと踏み切ったが。
そうしてあっという間に夜を迎えて。
雫が、なにかを仕掛けてくると思いながら、様子を伺うに徹するのだった。
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