第6話 恋人候補は火花を散らし合う

 雫の告白は、僕と同じでずるいものだった。縁を切るか、甘々に溶かすか、というずるい二択を差し出した。


「こういう二択を迫るセリフ、一度使ってみたかったのさ」

「だいぶ、厳しい選択を持ちかけるね」

「大袈裟だけど、本心に近い。極端の選択肢は、ずるさのお返しだよ」


 半ば冗談だとしても、縁を切るという選択肢は、まずありえまい。あっさりとこれまでの関係がチャラになるなんて、受け入れがたい。


 そうなると。


「告白を受け入れた場合、僕は二股をかけることになる。それでもって、片方の女子から猛烈な反撃を食らうことになる」

「かまわない。私にはユーリア様の思考が染み付いている」

「……我は負けを知らぬ術師なり、だったかな」

「勝負は、諦めない限り負けない」


 九条と雫の恋愛レースが始まる、という認識でいいだろうか。


 いまの雫は無敵だ。主導権を握っている。退くことを知らない。


「だから、お相手を紹介してほしいのだよ。不発弾の二つ名を持つ女の子にね」

「……ちなみに、クラスメイト」

「マジですか?」


 安田・九条・雫と、全員同じクラスに所属している高校二年生である。


 ゆえに、お互いに面識はあるはず。


「せいくんに告白するような子? え、誰だろう」


 クラスメイトの名前をあげてくる。五人ほどあがったが、どれも違う。


 そのうちの半数は、過去に相談に乗ったことがある。惜しい。


「答えは……九条紗夜だ」

「九条? あのド真面目ばり可愛委員長様?」

「とんでもないラベル付けを」

「本当に総合値の高すぎるハイスペガール……私が不敗を名乗るなら、紗夜様は常勝とでもいうべきかも」


 名前を聞いただけで、かなり参っていた。高い壁を前にしているようなものか。


 表向きの顔だけで見たら、九条は非の打ち所がないスーパーガールだ。雫の反応は理解できる。


「紗夜様が地雷? 理解不能」

「裏の顔を知ったら、わかる」

「今度学校にいくとき、暴きたい……って、冬休みじゃん! だめだ、年明けまで待てない」

「時期が悪かった」

「対面が無理ならオンライン!」

「ビデオ通話か」

「ナイスアイデア、せいくん」


 ちょっとヒヤヒヤする。


 九条は、僕の相談相手ですら仲良くなりたいといっていた。


 希望が現実となるかはわからない。


 それでも。


「延々と隠し続けるわけにもいかない。バレるのも時間の問題」

「なら、いっちょ踏み込む。ユーリア様ならそうする」

「いってみようか」


 余計なことを思い浮かべて心配マックスの状態。意を決してボタンを押す。


 着信音が一周するかしないかのうちに、九条は出た。



『あ、誠一郎くん! 私のために電話してくれたんだ♡』

「そうだね。ちょっと声を聞きたくて、顔を見たくて」


 雫が渋い顔を見せる。相談をするときは、キザな一面を見せることが多い。


 そんな僕の姿を見るのは、さぞむず痒いだろう。


『ちょっと出掛けてきたから、ビジュアルは大丈夫だよ。カメラつけるね』

「その前にひとつ、いいかな」


 どうかしたの、と問われる。答えるのはためらわれるが、一気にいく。


「いま隣に、他の相談相手の子がいるんだけど」

『そっか。誠一郎くんは、私のためだけの存在じゃないもんね』

「落ち込まないでほしい。単刀直入にいうと、君への宣戦布告だ」

『……なんだか面白いことをしている。早く見せて、その子』


 雫と瞳を合わせ、合図する。ゴーだ。


 正直、強気な九条を見て怖気付いてはいた。それでも、いかねばなるまい。


「こ、こんにちは。紗夜様、いえ紗夜さん」

『あぁ、同じクラスの野上さん。私に宣戦布告というのは、どういったことで?』

「私は、せいくんと同じ中学で、付き合いは長い。最近、気持ちが友達以上を求めている。ゆえにこそ、私はせいくんに告白した」

『す、すごいタイミングね。私も誠一郎くんとデートして、最近告白したところ』

「ん? ん?」


 雫がすごい勢いで睨んでくる。


 説明不足にも程があった。なんの打ち合わせも施しなかったため、こういった情報の過不足が生じてしまった。相談役失格である。


「へぇ、紗夜さんはデートにはしゃいでるかもしれない。が、こちとらせいくんと何度遊んでるかご存知ない?」

『回数より密度。距離の詰まるスピードは段違い。残念だけど、私が勝ってしまったかも』

「いい分はあるみたいだけど、私がせいくんと結ばれたい。これは揺るがない思い」

『私も同じ。私以外見てほしくない。ありのまま受け入れてほしい』

「なかなかあなたも、せいくんファンなんだ」

『惚れちゃったの、悪いかな? いけない委員長かな』

「紗夜さんも完璧人間ではなかったということか……面白い」


 くくく、と悪人ボイスで笑う雫。


 両者のいがみ合いは想像以上のものだった。


「……というわけで九条、僕はこういう事情を、たった二日で抱えてしまった。荒々しい解決策は、これになってしまった。本当に、申し訳ない」

『いいの。私がいったんだもの。相談相手の子とも、って。せいぜいかわいがってあげるから、野上さん』


 強気である。


 雫も折れていない。自称不敗と、常勝のぶつかり合いである。


「きょうはこの辺にしておく! せいくんの座は、私が」

『いや私が』

「『手にいれる!』」


 これがふたりの、クラス以外での顔合わせだった。

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