第4話 これは友達の話なんだけど……

 釈然としないまま別れを迎えた。家に着いて、きょうのことを振り返る。


 これまで相談役として守っていたルールを、破ってしまった。


 相談相手を、意識しないこと――これだ。


 恋愛に励んでいる場合が多いとあって、話を持ちかける子はかわいい場合が多い。意識しないと、邪念が降り注ぐ。感情を押し殺さないといけない。


 もはや意識しないわけにはいかなくなった。困ったものである。


「九条のことも気になるが……次に、雫も控えてるんだよな」


 長い付き合いの雫。ふつうに話すことはあるが、こうして緊急の相談を持ちかけられるのは初めてだ。


 雫の性格は、九条とはまるで違う。


 推しのために生きる人間、といえばわかりやすい。限界オタクを拗らせており、一度決めた対象には全力で注ぎ込む。


 相談は、推しが交際を匂わせたとか不祥事を起こしたとか、そのあたりだろうかと踏んでいる。雫は、基本的に大袈裟なところがあるので。


「相談の件、了解した。予定空けとく」


 雫のメッセージに返信しておく。


 すぐさま通知音が鳴る。了解のメッセージだ。


 間を置かずに、さらなるメッセージ。また雫か。


 ……いや、今度は九条だ。


 見るに、そこそこ長めのメッセージだ。



『紗夜:きょうはありがとう。モヤモヤを受け止めてすっきりできた。誠一郎くんのことを動揺させちゃったかもしれないね、そこはごめんなさい。一方的に感情を吐き出しちゃった』


 文章は、そのまま続いていく。


『誠一郎くんと、まずはお友達になれてよかった! 恋人はまだ無理だとしても、いずれ振り向かせてみせるからね。私は誠一郎くんを見ています。ずっとそばで、友達として。愛は届くんだって信じてるよ。健康には気をつけてね』


 ……重い。


 丁寧な筆致では誤魔化しきれない重みがある。話していたときよりも、重量を直で感じる。


 彼氏がそっぽを向いてしまったのは、粘度の高い、重い愛ゆえだったのではないか。そんな邪推さえしてしまう。


「九条を歪ませてしまったのは、僕の責任でもあるのかな……いや、考えるのはよそう」


 独り言が大きくなるくらいには、焦りが出てきている。


 爽やかで真っ直ぐな九条の仮面の裏に潜んでいたのは、こんな感情だったのか。九条について知っていることは、氷山の一角に過ぎなかった。


 これから、友達という距離感を保ち続けるのが、ベターな選択肢だと見えた。いまの九条の暴走が、一時的か否かを見極めねばならない。


 生真面目さは時に恐ろしささえ生み出すらしい。折れない信念には驚かされる。


「あの状態の九条を見守るのも、相談役の務め、だよな」


 自分にいい聞かせる。九条は九条として、ゆっくり対処していけばいい。


 いまは、雫の悩みに答えるのが優先事項だ。他の子の相談も同時並行で進める。いつも以上に話題が混線している。僕がこんがらがらないようにしなければ。


「雫の悩みを事前に聞いておくか」


 ある程度、下準備をしておいた方が、相談には答えやすい。下ごしらえがあれば、料理はよりうまくいく。それと同じだ。


 いちおう、なにが引っかかっているか聞いておく。


『雫:私の友達のことで、恋の相談だ。こういうのは、誠一郎殿が詳しいとわかりきっているのでな』


 なるほど。


 誤魔化してはいるが、雫本人の悩みか。推している相手についてだろうか、と尋ねると。


『雫:推しというか、手に届く相手らしい』


 身近な恋についての悩みか。ついに雫も、周りの人を愛することに目覚めたのか。


『雫;これはあくまで友だちの話だ。近過ぎるのに思いが止まらない、っていうのが初めての経験ゆえ、どうすればいいかわからないらしい』


 近すぎる、身近な相手。


 妙だな。


『雫:一度意識し始めると、悶々としてたまらないのだ。会いたくて仕方がない、どうにもならない。そんな私を止めてほしい』


『雫:らしいぞ』


 やっぱり雫のことじゃないか!


 会いたくてたまらないので、僕に会いにきて相談をする。


 僕は勘が鋭くはないし、自分の恋愛に疎いけれど、九条の一件のせいで、もしかしてという妄想が浮かび上がる。


 ……雫もまた、僕に思いを寄せている?


 そうだろうか。長い間、オタク友達として一緒に過ごしてきた。男子も女子も関係なく、気兼ねなく話せる相手だった。


 相談を受けることはしばしばで、もはや日常に溶け込んでいた。


 雫にとっての「ふつうの日々」は、いつから色を変えてしまったのだろうか。


 勘繰ると、憶測は止まらなくなる。


 九条と雫の件とが頭の中を同時に駆け巡る。脳のオーバーワークのためか、痛い。考えてはいけない。いまは寝て、思考をクリアにしなければ。


 経験則だが、予定は一度やってくると、別の予定を同時に呼び込む。


 今回はそのパターンらしい。


「果たして、どうする」


 もし、雫から告白を受けたら。


 九条はどうするのか。


 答えはなあなあで済ませて誤魔化すのか。


 最善の選択肢が見当たらず、かろうじてベターを選ぶしかないように思う。


 神は僕に試練でも与えているのだろうか。相談役が、傍観者のままでいられなくするために。



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