第3話 お友達から始めましょう

「お付き合い、か」


 振られてからの立ち直りが早すぎる。九条が冷静さを欠いているとしか思えない。


「暴走している、って安田くんは思っているよね」

「どうだろう」

「振られたショックで、手頃な男で心を慰めようとしている。そうあたりをつけている」

「……思っていない、といえば嘘になるかな」


 様子をうかがう、という姿勢は崩さない。九条がどう出るか、見続ける。


「私はね、真面目で不真面目なの」

「矛盾したような口ぶりだ」

「やると決めたことには、まっすぐ突き進む。ただ、進む先が不真面目な方面なこともあるの」


 手を、テーブル越しに伸ばしてくる。触れそうになる前に、引っ込める。九条も手を戻した。


「恋心はね、正直途中で冷めていたの。相談を重ねるうちに、安田くんの方がいいんじゃないかって、揺れちゃったの」

「自惚れではないけどさ……相談が口実で、ただ僕と話したいと思ったことは」

「うん。終わりの方は、だいたいね」

「この店も、もしかして僕と来ようと薄々思って」

「いた。そんな考えを、あいつも見抜いてたのかもしれない」


 長い間話を聞いておきながら、九条の気持ちに気づけなかった。いや、気づこうとしなかっただけか。


 苦しい、助けてと僕を呼んだのは、想像とは違う理由だったかもしれない。


「僕がイエスと答えれば、九条は救われるのかな」

「え」


 表情が固まる。即答をもらえると踏んでいたのだろうか。


「僕が九条のことをすべて知らないように、九条も僕のことを知らない」

「そうかもね」

「相談役というメッキの剥がれた僕は、九条を失望させてしまうと思う。盛り上げられる素質も経験もない」


 長い間一緒に過ごせば、本性が見えてしまうもの。そういうものなのだ。


「他に理由があるんじゃないの」

「まだ、相談している子がいる。解決しないと、気が晴れない」

「恋人持ちが相談を受けちゃいけない理由はないと思うけど……安田くんは変なところで真面目なのね」


 自分だけおいしい思いをしていると、裏切っている気になる。


「委員長よりよっぽど怠惰だよ」

「真面目に不真面目な私への皮肉かしら」

「本気なんだけどな」


 不満げにしている九条と向かい合っていると、スマホに通知が。


『しずく:誠一郎殿! あした至急相談あり。ふたりきりを所望。よろしく頼まれる』


 あぁ、噂をすれば相談じゃないか。


 野上のがみしずく


 度を超えたアニメオタクである。中学から同じで、長い仲だ。小柄で元気がいい、ショートカットの女の子。


「誰からのメッセージ?」

「女の子から。相談だって。あしたふたりで会おうって」

「別の女の子がいるのに、はっきりいうのね」

「相談役だからね。要するに、こういうことがある」


 たとえ付き合ったとしても、僕が相談役であり続ける限り、他の女の子としばしば連絡を取ることになる。


 と、九条に説明した。


「……そうよね」

「僕が相談役を続けているのも、恋愛対象と見られず、後腐れなく声を掛けられるから。前提が崩れないよう、告白を受けても断ろうと前々から思ってたんだ」

「ちなみに過去に告白は?」

「……これが初めてといっていいかな」


 いちおう、ほとんど、そういう話は受けたことはない。


「安田くんのこと、もっと知りたいと心から思ったんだけどな」

「他の子と連絡を取り合うのは」

「許せないかも。私一直線でいてほしいと思っちゃう」


 九条はドリンクに口をつけた。湿った唇をゆっくりと舐める。


「君に相談してくる子はたくさんいる。そんなのわかってるんだ」


 ドリンクを揺らしながら、僕の方を見つめ続けている。


「でもね。こうしている間は、安田くんとふたりきり。独占できるんだよ」

「ふたりきり、そのとおりだと思うよ」


 アルコールでも入っているのだろうか。顔が赤くなって、目がとろんとしている。


「ふだんは真面目でもね、恋は不真面目なの。私は欲しがりなの。手に入れたいものは、必ず手に入れる努力をする。そう決めているの」

「僕のことを、手に入れるつもりなのかな」

「いずれ、必ずね。でも私は待てる。九条くんが相談役を終える日まで、ずっとね」


 おかしい。


 九条はこんな人だったろうか?


 貪欲にこちらを狙っている姿は、飢えた獣と同じだった。イエスは出せないが、ノート突っぱねるのも恐ろしい風格がある。


「僕はまだ、九条さんを全然知らないみたいだ。だからさ」

「妥協、してくれるの」

「相談する関係じゃなく、まずは友達から始めよう。そうして過ごして、失望するしないはその後ということで」

「あぁ、安田くんとお友達? いいの?」


 目をキラキラと輝かせている。幼い子供に戻ったかのようだ。


「問題ないよ。友達なら、断る理由もない」


 よし、とひとつガッツポーズ。


「ふふふ。だからこれからは、私に相談相手のことも教えてほしいの」

「それは難しいよ。外部に漏らさないって約束で成り立っているからね」

「ダメか……だよね」


 しょぼん、とあからさまに落ち込む九条。


「そういうことなら簡単だね。私が相談相手が誰か見つけ出して、その子とお友達になればいいんだ。簡単だね!」

「ん、そ、そうなのかな」


 なぜか恐ろしささえ感じている。底知れぬ九条の正体の一角を、見つけ出してしまったらしい。


「あーすっきり。きょうはありがとう。また遊ぼうね、誠一郎くん」


 意外といい時間になっていた。今回はお開きらしい。


「こちらこそ。きょうは刺激的な一日だったよ」


 かくして、クリスマスデート(?)は終わった。不穏な告白と、友達から始めるという結果だけを残して。

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