第2話 九条の告白は突然に

 クリスマスとあって、周りはカップルだらけ。クリスマスの街並みについて、話には聞いていたが、実際に立ってみると圧巻だ。百聞は一見にしかず、とはよくいったものだ。


 九条と並んで、歩いていく。ひとまず、巨大なクリスマスツリーを見るためだ。


「九条さんは、きょうどうしたいの」

「予定、そんなものはないよ」

「ノープランなんだ」

「私はね、安田くんのそばにいれさえすればいいの。他に理由が必要?」


 そっと手を差し出してくる。握ったり閉じたりして、僕の手を待っている。


「繋いでもいいのかな」

「だめなんていわないよ」


 警戒心が、手の動きを鈍らせる。ゆっくりと近づけると、九条の方からぎゅっと繋いできた。


 温かな感触が身体中にじんわり広がる。触れているだけで、自然と鼓動が高まる。


「カップルみたいでいいよね」

「僕らは付き合ってないのにね」

「おかしいよね。隣にいたのは、あの人のはずだったんだけど」


 素直に弱音を吐くなんて、九条らしくない。すくなくとも、僕に相談するときには、強くあろうとしていた。


 まっすぐであり続けるのは難しい。強く張っていたものは、解けてしまった。九条の見えない一面が顔を覗かせている。


「なんて、未練タラタラじゃん、私。粗雑な人だったけど、結局大事に思っていてさ」


 九条は立ち止まり、クリスマスツリーを見上げた。てっぺんの星に、視線は向いていた。僕も止まり、同じようにツリーに目をやる。


「尽くした分だけ、同じように尽くしてほしい。傲慢で幼い理想に囚われていたんだよ、私」

「僕なら、九条さんを不幸にしないよ」


 無責任な言葉がすっと出た。本心ではある。


 九条の彼氏を、俺は全然知らない。なのに、よくいえたものだとは思う。


「そう、だから君に会いにきたんだ、私」


 上に向いていた視線が、こちらに戻る。


「安田くんは、私を不幸にさせない。いい人だって、これまでの相談でわかってるもん」

「僕はただ、話を聞いただけだよ」

「だけ、なんかじゃない。私はとっても救われた。話を聞くのも、立派な才能なの。安田くんはすごい人なの」


 得意なことは「やっていて苦ではないこと」と聞いたことがある。想像以上に、九条の心の支えになっていたらしい。


「褒めてくれてありがとう。ただ、話を聞く以外になると、九条さんに従うことくらいしか取り柄はないよ。犬のようにね」

「卑下しすぎだよ。もっと自信持ってよ」

「善処するね」


 答えて、僕らはまた歩き出した。ツリーの前にきて、何枚かツーショットの自撮りをする。


 自撮りには慣れていない。うまく笑えていない僕の写真を見て、映りが完璧な九条は笑っていた。


「僕の欠点は、写真映りの悪さだったみたいだ」

「そのぶん、私は写真映えが長所みたい」

「長所と短所で補完できる」

「私と安田くん、ふたりいれば最強だね」


 ゆっくりとイルミネーションを満喫しつつ、食事処を目指す。


 目に入った店は、どこも満席やら混雑やらで、入れそうにない。クリスマスの外出は、前日までの動きで決まっている。


「ここで、私が前々から予約していた店が光るわけ」


 元彼のために予約していた店が、今回の夕食の舞台だ。


「ひどい使い回しをするよ」

「これは立派な活用。生徒会で身につけた効率思考」

「ラップみたいにいうね」

「いえぃ」


 元彼のために予約したことなど、別に気にはしていない。むしろ、せっかくとった店。予約が活かされてよかったと思っている。


 窓から夜景が見えるような、ずいぶんおしゃれな店だった。ちゃんとした格好で来て正解だった。


「どうも、庶民の僕には身の丈に合わない気がするよ」

「たまには背伸びをしてもいいものなんだよ」

「じゃ、心のなかで足をプルプルさせながら、精一杯楽しもうかな」


 ドリンクがやってきたところで、僕らは乾杯をした。


 運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、九条の話に耳を貸した。


 愚痴は尽きなかった。雰囲気が悪くならないよう、他の話も織り交ぜていたが、相当こたえていたらしい。


 ニコニコと話に高じていると、ふと九条が黙ってしまった。


「気分でも、悪くさせてしまったかな」

「大丈夫、問題ないよ」


 ふぅ、と息をついて。


「安田くん……いや、誠一郎くん」


 下の名前を呼ばれ、背筋がピンと伸びる。


「はい」

「私と……お付き合いしてもらえませんか」


 突然の告白だった。

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