第3話


「つうか、何してるんだ?御堂。座れ」


 睨み合う二人に割り込んだのは円堂だった。


 伊織は慌てて、椅子を引く。さっと席に座った。隣で柊もつんと澄まして顔をしていた。


「つうか、ホームルームは終わりだ。授業始めるぞ」


 先程とは打って変わって円堂は神妙な面持ちで、話し始めた。


「それじゃあ新夜、先週の続き、教科書のニ十頁から読んでくれ」


「うっす」


 新夜あらやと呼ばれる生徒が椅子を引いて立ち上がった。キリッとした眉毛にスッと通った鼻筋。髪の毛を逆立てた精悍な顔つきの少年だ。


 新夜は教科書に視線を落とし、読み上げる。


「えーと、アメリゴ合州国は遠隔透視実験者に普通の人と比べて、大脳の一部に肥大化、活性化がある事を発見しました。この領野は靈脳皮質、通称「レイヤー」と呼ばれ、脳の脳を繋ぐ靈脳空間インナースペース上の分身<化身アバター>を通して、大脳皮質の機能を拡張することが、分かりました」


「今の所は小テストに出るぞ」


 円堂は黒板に白墨チョークでカツカツと殴り書きする。


「このように、靈脳空間インナースペース靈氣オーラ(生命力)と念氣サイ(思念力)が作用する力場フォースフィールドいわゆる靈念場を形成し、人は大なり小なり靈念波を発していることが分かった訳だ。大気圏アトモスフィアのように、靈念場は人間を取り巻き存在するから帯氣圏イーサスフィアとも呼ばれる」


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 界層        化身

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概念界(念氣圏)→靈離氣体イデアル

   (靈離圏)→靈離氣体イデアル

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星相界(星層圏)→星氣体アストラル

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幽相界かくりよ(対流圏)→幽体エーテル

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物相界(現世界うつしよ)→物体マテリアル

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 円堂は黒板に簡易図を書き綴った。


「これが、帯氣圏イーサスフィアレイヤー構造だ。物質の三態(固体、液体、気体)と電離気体プラズマのように、帯氣圏イーサスフィアは、界層プレーン・レイヤーごとに靈脳空間インナースペース上の分身<化身アバター>を形成している。化身アバターは、靈魂⇄肉体の間を界相転移プレーン・フェイズ・シフト即ち界層プレーン・レイヤーによって存在状態を変化させながら、肉体に重なり合ってレイヤード存在してる訳だ」


 円堂はパッパッと白墨チョークの粉を払った。理解が浸透するのを確認するように、教室をぐるりと睥睨した後、続ける。


「で、だ。帯氣圏イーサスフィアでは、肉体は化身アバターが放つ氣光プラーナ(靈念波)を無意識に吸収・放射しているのだが、氣光プラーナ波長スペクトルにより、拡張される大脳皮質の機能が、違うことが分かった。波長スペクトルを分析することで、災能力パンドラの系統づけが可能となった訳だ」 


 伊織は耳を欹てる。何処となく憂いを帯びた表情だ。


災能力パンドラって靈脳空間インナースペース上の化身アバターと肉体を融合して脳の機能を拡張する、そんな理解でいいのかな?)


 つらつらと考えに浸っていると、円堂の言葉で意識が引き戻された。


「では主に運動神経を遠隔・拡張する念動系サイキック、感覚神経を拡張する靈能系アストラルに対し、自律神経、内分泌系、免疫系等の恒常性ホメオタシス機能を拡張する系統は?有栖川」


氣功系エーテルでーす」


 指名された有栖川は、立ち上がると、間延びした口調で答えた。


 やや垂れ気味の二重瞼。アヒル口の口元から八重歯が覗く。小柄で華奢。色白で庇護欲を唆る小動物系の少女だ。


「そうだな。この三系統は、能力二因子説に基づき、遺伝的に備わる生得的な基礎因子ベーシック・ファクターで成り立つ為、基礎因子系統ベーシックと呼ばれる。対して基礎因子ベーシック・ファクターが、複合的な能力として、開花した固有因子を特異因子シンギュラー・ファクターと呼ぶ」 


 円堂はたちどころに言葉を継いだ。


「では大脳皮質の連合野のように、様々な能力を複合し、より高度な脳の機能を拡張する特異因子系統シンギュラリティの別名をなんて言う?よしっ御園みその答えてみろ」


「はい、万能系オールマイティです」


 御園みそのと呼ばれる少女はてきぱきと落ち着いた様子で答えた。


 ピンと背筋をのばして、背中のポニーテールが垂れ下がる。やや吊り目気味の瞳。やや太めだが、整えられた眉毛。背の高い凛とした印象の女生徒だ。


「此等三つの系統と万能系オールマイティを合わせて四大系統と呼ぶ。ここもチェックしておけよ」


 一呼吸おいて円堂の話は続く。


「また四大系統は、五つの能力因子アビリティファクターで成立し、これを五大能力因子ビッグファイブと呼んでいる」


 円堂は白墨チョークを走らせ、黒板に箇条書きしていった。


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□:生体維持拡超能力エクステンド・ホメオタシス

〻:感覚拡超能力エクステンド・センス

○:運動拡超能力エクステンド・エクササイズ

☆:演算拡超能力エクステンド・カリュキュレーション

+:制御拡超能力エクステンド・コントロール

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「これが五大能力因子ビッグファイブだ。この五大能力因子ビッグファイブと四大系統を下敷きに、統京大学大学院人間拡張工学研究科の九重克実は、多重災能理論マルチパンドラセオリーを提唱した。いわゆる九重理論だな」


 と白墨チョークを滑らせ、書き足していく。


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 基礎因子系統ベーシック六能力類型ザ・シックス


1:氣功系エーテル


能力類型:氣功系身体強化型エンハンサータイプ

能力者名:強身能力者エンハンサー

魂源色相:レッド

知能適性:身体・運動知能


能力類型:氣功系物体付加型エンチャンタータイプ

能力者名:付加能力者エンチャンター

魂源色相:オレンジ

知能適性:対人的知能


2:念動系サイキック 


能力類型:念動系物体操作型サイキッカータイプ

能力者名:物操能力者サイキッカー

魂源色相:イエロー

知能適性:論理・数学的知能


能力類型:念動系自然操作型ネイチャータイプ

能力者名:然動能力者ネイチャー

魂源色相:グリーン

知能適性:博物的知能


3:靈能系アストラル


能力類型:靈能系精神操作型ハッカータイプ

能力者名:心操能力者ハッカー

魂源色相:ブルー

知能適性:言語・語学知能


能力類型:靈能系精神感応型エスパータイプ

能力者名:感応能力者エスパー

魂源色相:パープル

知能適性:靈性・実在知能


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 円堂は書き終えると白墨チョークを置いた。何かをやり遂げたように、満足げに首肯する。


多重災能理論マルチパンドラセオリーに基づき、基礎因子系統ベーシックは、氣光プラーナの波長ごとに、六色(赤、橙、黄、緑、青、紫)の類型タイプに分けることが出来る。いわゆる六能力ザ・シックスだ。靈魂ソウルが放つ氣光プラーナの波長そしてその色相を知ることで、自分の属する能力系統がわかる訳だ。実際やってみた方が分かりやすいか」 


 円堂は徐ろに懐から透明な三角柱プリズムを取り出した。そのまま手を翳す。


 これは靈念波の波長スペクトルを測定する機器だ。色ごとに氣光プラーナの曲げられ方が異なる為、透明の三角柱プリズム氣光プラーナを当てると、波長スペトクルごとに分光する。分光した各波長における氣光プラーナの力や強度を測定し、分布を調べることで、最も力や強度がある色相が分かるのだ。


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紫↔青↔緑↔黄↔橙↔赤

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「つうか先生は橙が強いからメインの系統は、氣功系物体付加型エンチャンタータイプだな。他人へ靈氣オーラ付加エンチャントする靈氣治療とか靈氣化学とか得意だぞ。付加能力者エンチャンター念動系物体操作型サイキッカータイプと複合して万能系物体顕現型クリエータータイプ昇格プロモーションすることが、多いとされている」


「ではその万能系オールマイティ特異因子系統シンギュラリティだが、紫外線や赤外線のように、色として認識出来ない波長即ち透明の波長を持つとされる。基礎因子系統ベーシックの連合・統合など脳の高次機能を拡張する靈脳皮質拡超系統だ。非常に高度かつ複雑な処理が必要とされるため、基礎因子系統ベーシック修得後、複合能力ハイブリッドとして発現することが多い。波長スペクトルが透明な為、長年、系統不明アンノウンとして扱われて来たが、九重克実は何でもありのこの災能力パンドラを凡そ三つ類型タイプに大別した」


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 特異因子系統シンギュラリティ


4:万能系オールマイティ


能力類型:万能系空間操作型スペーサータイプ

能力者名:空操能力者スペーサー

魂源色相:白銀シルバー

知能適性:視覚・空間的知能


能力類型:万能系概念操作型ルーラータイプ

能力者名:概念能力者ルーラー

魂源色相:白金プラチナ

知能適性:内省的知能


能力類型:万能系物体顕現型クリエータータイプ

能力者名:顕現能力者クリエーター

魂源色相:黄金ゴールド

知能適性:芸術的知能(音楽的知能)


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「これが万能系オールマイティの三類型だな。亜空間を創造し、亜空間内に物体を顕現させ、その物体や空間の概念を自分の思い通り操作する、神を神たらしめる権能の能力が分かれたと言われる。で、強身の赤、付加の橙、物操な黄、然動の緑、心操の青、感応の紫、これら基礎の六能力ザ・シックスと特異な三能力を合わせて、九重の九能と呼ぶ」


 延々と続く話に伊織は段々眠くなって来た。昨日、緊張と不安で眠れなかったせいもあるだろう。


 (ヤバっ)


 瞼が徐々に降りて来て──


「更に無能系ノーマル三類型を合わせて合計十二の類型タイプに分かれる訳だ。無能系ノーマル三類型とは──」


「例えばいわゆる未能力者イノセンス──」


「──」


 うつらうつらと船を漕ぎながら、伊織はそっと意識を手放し──

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パンドラXハンドラ @ninxnin

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