第10話 宿屋で決意表明




 ゼフの腕の中でぐったりしている女の子は、痩せ細っていて、唇には艶がなく「ヒューヒュー」と苦しそうに呼吸をしていた…………見るからに栄養失調よね。私のいる世界なら、まだ親がついていないと生きられないような年齢に見える。


 こんな小さな子供が生きる為に食べ物を乞わないと生きていけないなんて…………この世界の過酷さを目の当たりにし、何とかしたい気持ちに駆られた。

 

 でも私が何とかしようと動いたとしても一時しのぎに過ぎない…………それではダメなのよね……こういう子供は、この世界では当たり前にいる、という現実を受け止めなければ。


 

 「ゼフ、交渉してくれて、ありがとう。今日宿泊するのはこの施設だから、ここでこの子の手当をしましょう。」


 「……はい」

 

 

 「……差し出がましいようですが、お嬢様……この子の面倒を…………ずっと見られますか?」


 私はマリーの顔をじっと見つめた。マリーが言いたい事は何となく分かるわ。慈善事業で女の子を一時的に手当てして、食べ物を恵んであげてもその場しのぎにしかならない、と言いたいのよね。でもだからってこのまま放って、この子がその後亡くなってしまったら…………きっと私は私でいられなくなる気がする。

 

 

 「もちろん手当して、領地に連れて行くつもりよ」


 

 私がにっこり笑ってそう言うと、私の言葉にマリーは衝撃を隠せないでいた。私は本気よ。その覚悟を感じてくれたのか、その場は一旦引いてペコリと頭を下げてくれた。


 我が儘言ってごめんね…………ゼフは何を言うわけでもなく女の子を抱きかかえてくれて、私たち三人は今日の宿に入っていった。




 ∞∞∞∞




 「見たところ、気を失ってはいますが、怪我は腕を骨折しているだけで済んでいますね。すぐに意識も戻るでしょう」


 この村に駐在している医師に診てもらったところ、どうやら内臓などの損傷はないようでホッと胸をなでおろす。男の蹴りは女の子の左腕に直撃し、吹っ飛んだ衝撃で気を失ったという感じだった。

 診てくれた医師は女の子の腕に添え木をして布を巻き、固定してくれた。ギブスはない時代だものね。謝礼に銀貨二枚を渡すと頭を下げ、医師は去って行った――――



 「お嬢様、先ほどは失礼な質問をしていまい――」


 「いいのよ、マリー。あなたは悪くないわ…………あなたの言いたい事はよく分かっているし、こんな事を何回も続けるわけにはいかないものね……」

 

 そうだ、何度も子供を助け、その度に領地に連れて行くという訳にはいかない。



 「だからね、私…………領地に着いたら、この貧困層の人々について何か出来ないかって考えているの。今、私がしている事は一時しのぎに過ぎない……そうじゃなくて、根本的な仕組みを変えなくては、こういう子供たちを助ける事にはならないと思う。その為にはどうすればいいか、まだ領地にも着いていないし具体的な事は何も思いついていないんだけど、私がやらなきゃいけない気がして……」

 


 今まで自分の中でモヤモヤしていた事が一本の線で繋がった気がした。


 そうよ、私がやりたいのはそういう事だったんだわ。でも、貴族の箱入り娘が突然何を言っているのかって思われたかしら…………マリーの顔を見る事が出来ない。そんな事を考えていると、突然マリーが両手でガシッと私の両手を包み込み、キラキラとした表情でまくし立てる。

 


 「お嬢様~~~そこまで考えていらしたなんて!マリーは感激ですぅ~~……」


 

 ぐすっと感激しながら涙を流して褒められてしまった…………えと……すっごく恥ずかしい………………あんまり褒められるとかそういう経験ないし……

 

 自分がこの世界では世間知らずのお嬢様である事は重々承知しているつもり。でも私にしか出来ない事があるはずよね……何せ公爵家はお金持っているわけだし。この財力を存分に利用しない手はないと思うの。お父様が稼いだお金なのにお父様、ごめんなさい。

 

 でもきっと、お父様なら良いと言ってくれると思うのよね。というのは私の都合のいい考えなんだけど。


 

 「マリーも協力してね」


 笑顔でそう言うと「もちろんです!」という頼もしい言葉が返ってきた。いつも私に何が必要で大切かを考えてくれる。マリー大好きよ。


 そんなやり取りをしていると、女の子から「……うっ……」という反応が見られたので皆が彼女の方を振り返る。すると、意識が戻ってきたのか薄っすらと目を開け始めたのだった。



 

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