第11話 ソフィア




 女の子はゆっくり、ゆっくりと目を開け……目の前にいる人間の顔に全く覚えがないのかビクッとした後、目を見開いた。

 

 目玉が飛び出てしまいそうね…………大きな目が零れ落ちそうなくらい見開いて、少し震えている。さっき殴り飛ばされたばかりだもの、怖いわよね…………どうやって声をかけようかしら。私はそっとその子のベッドに腰をかけた。


 

 「気分はどう?びっくりさせちゃったなら、ごめんなさい。宿屋の前に倒れていたものだから…………勝手に手当てさせてもらったわ」


 そう告げると女の子は自分の左腕に目をやり、少し痛そうに顔を歪めた。自分が殴られてすぐに気を失ったから、状況が分からず混乱しているのね。


 

 「腕、痛いわよね……ここ、肩は動かせる?」


 

 骨折したのは左前腕部なので肩から上腕部は動かせるだろうけど、動かしたら骨折した部分が痛まないか心配。確認の為聞いてみると、女の子は肩を動かしたり肘を折ったり伸ばしたりをして見せてくれた。

 


 「あなたはとても理解力があって賢いわね。ありがとう。それほど痛まないなら良かったわ」


 

 そう言って笑うと、女の子の頬が赤らんだ………………可愛い……あんまり可愛いものだから頭を撫でながらよしよししてしまう。


 それにしても頭に手を乗せようとした瞬間、ビクッとしたのも見逃せないわ。殴られたりする事が日常的にされてきた証よね…………たまらなくなって、もっと撫で回しハグをしてあげる。

 

 女の子が体を硬直させてしまったので、まだこういうのは早かったか……と思いハグではなく、両手で頬を包んであげた。


 

 「あなたはもう何の心配もしなくていいの。あなたさえ良ければ、私と一緒に来ない?」


 

 女の子は何を言われたのか一瞬分からない様子で動揺しているので「ダメかしら?」ともう一押ししてみた。すると、少し考えて頭を縦にブンブン振って頷いてくれた。


 

 「よかった!私はオリビア。あなたのお名前は?」


 

 そう聞くと顔を曇らせ俯いてしまう…………そっか、物心ついた時から親はいなかったのね…………名前が分からないの……「じゃあ、私が決めてもいいかしら?」そう聞くと、また頭を縦にブンブン振るので可愛くて笑ってしまった。


 

 「ソフィアにするわ。今日からあなたはソフィアね!私の曾祖母様のお名前なの…………大事にしてくれると嬉しいな」


 

 そう言うと、大きな瞳から大粒の涙がポロポロ溢れてとめどなく流れてくる…………子供の涙は本当に綺麗ね……


 「ソフィア、あなたは何歳?」


 右手の小さな指を五本広げて教えてくれたのだけど………………5歳?!


 どう見ても3歳にしか見えない…………栄養が取れていないものね……きちんと成長出来ていない証だわ。こんなところに置いてはいけないと改めて思ったし、そういう子供たちを一人でも減らさなくては。


 

 「じゃあソフィア、あなたも疲れているでしょうから、今夜はもう休みましょう。明日、朝から私の館に向かいましょうね」


 

 そう言って寝かせようとしたのだけど、ソフィアは痛いはずの左腕も使って必死に私の腕に抱き着いたまま離れない。


 うーーーーん、なんて可愛いんだろう…………マリーが気をきかせて「私と寝ましょうか?」と言ってくれたのだけど、私から離れる気配がない。なんだか前世の子供たちを見ているようでたまらなくなった私は、ソフィアが安心して眠れるようになるまで一緒に寝ようと決めた。


 

 「今夜からは、私と一緒に寝ましょう。大丈夫よ、マリー」


 

 一瞬、慣れているから……と言いそうになってしまう。いけないわ…………私は17歳の貴族令嬢なんだもの、慣れているわけがないのよね。


 つい前世の自分が出てきてしまいそうになるのを気を付けなきゃ。マリーは渋々納得してくれて「隣の部屋にいますので、何かあればすぐに仰ってくださいね」と言って出て行った。

 

 ゼフはその間、終始無言でやり取りを見つめ、マリーと共に出て行った。お父様に頼まれた護衛だし、報告されてしまうかな。


 私の事が心配でお父様が彼を護衛に付けてくれたのは分かっているけれど、多分お目付け役でもあると私は思っている。何か危険な事に巻き込まれないようにとか、私が変な事に足を突っ込まないようにとか…………全部私を心配してでしょうけど。


 

 もう夜も遅くなってきたし、着替えを済ませてソフィアと一緒のベッドに潜り込んだ。私に甘えるようにすり寄ってきて、安心したのかすぐに寝息が聞こえてくる。こうやって子供と寝るのはいつぶりかしら…………自然と笑みがこぼれてしまうわ。

 

 その夜は久しぶりの人の温もりが心地良くて、あっという間に眠りに落ちてしまったのだった。


 

 

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