第9話 馬車の旅
領地への道は整備された街道をひたすら進んでいたので、途中で森の中の道を通らなければならない時もあったけど、基本的に快適だった。森の中の道は流石にボコボコしていて、公爵家の馬車でなければきっと揺れで具合悪くなっていたでしょうね……それにお尻も痛くなっていたかもしれない。
公爵家の馬車は流石貴族といった感じで、とてもフカフカだし、長時間座っていても腰が痛くなる事はない。と言っても今は10代の体なので腰痛とは無縁なのだけど……つい30代だった前世のつもりで考えてしまうわ。今の私は若いのよね。
「お嬢様、お体の調子はいかがですか?」
向かいに合って座っているマリーが、度々私を気遣って声をかけてくれる……なんて優しいのかしら。
「何かあればすぐにマリーに仰って下さいね!時間もたっぷりありますし、休憩しながら行きましょう」
あぁ……天使っているのね…………マリーが眩しいほどの輝きを放って見える(これがエフェクトってやつね)彼女の存在が最近の私の癒しになっていて、きっと私はマリーの為に転生したに違いない。
「全然大丈夫よ。景色もいいし気分がいいわ……あそこの畑では何を植えているのかしら?」
そう言って馬車の窓を開けて少し身を乗り出した時――――
――――ガタンッ――――
何かにぶつかったのか、馬車が大きく揺れた。私はグラリと体が大きく揺れて後ろに倒れそうになった時(まずい……)と思った瞬間、横に座っていた人物が私の両肩をガシッと受け止めてくれた――
「…………大丈夫ですか?」
…………馬車に乗ってから初めて声を聞いた気がするわ。
「ありがとう」と顔を見てお礼を述べながら座り直した。
この隣に座っている人物は、出発する前にお父様から「彼を護衛に連れて行ってくれ」と頼まれたので、一緒の馬車に乗る事になった。「ゼフ」という名前で少し暗めのブルージュの髪色に短い髪を上に立て、王宮の騎士とは違い目立たないように少し着飾った農民のような服装で静かに座っている。私付きの護衛らしく、なるべく近くに置いといてくれっていうお父様のお願いだから一緒の馬車に乗ったのだけど……とにかく喋らない。
まぁ護衛だし仕方ないんだけどね。何を話しかけても「…………」なので、こちらもいないものとして考えるようにしていたのに……
「…………窓に身を乗り出すと危険ですので、お気を付け下さい」
こういう時はしっかり喋ってくるのよね。「はい……」と小さく返事をして、今度はちゃんと座ったまま景色を楽しむ事にした。
∞∞∞∞
夜になって街道はすっかり暗くなってしまったので、小さな村の宿泊施設に泊まる事にした。
「お嬢様、宿が取れましたよ!今夜はここで休んでいきましょう」
そう言ってニッコリ笑うマリーにつられて私も笑顔になり、馬車を降りた瞬間「ドカッ!!」という大きな音と「なんだお前は――!」という物騒な怒鳴り声が聞こえてきた。
同時にゼフが私を守ろうと瞬時に前に出て、身構える。
「お嬢様は私より前には出ませんように」
護衛なだけあって動きが速いのは当然なのだけど、それだけじゃない身のこなしに見えるのは気のせいかしら…………無言で頷き、ゼフの肩越しに前方を覗いてみると、小さな女の子が大きな男に蹴飛ばされていた。
見た感じでは三歳くらいに見える。あんな小さな子供を思い切り蹴り飛ばしたという事?
ふつふつと怒りが湧いてきたわ…………自分よりもはるかに弱い者にあんな事が出来るなんて……許せない。それに倒れたまま動かない様子を見ると、放っておいたら死んでしまう………………
私はゼフに言われていたにも関わらず、その男のところまでずんずん歩いて行った。
「お嬢様!」
二人の呼ぶ声が聞こえるけど、事態は一刻を争うのよ!早くしないとあの女の子は助からない…………
倒れて動かなくなった女の子の胸ぐらを両手で持ち上げ、男はまくし立てた。
「お前、今俺の食べ物を盗んだな!!」
女の子が倒れていたと思われる場所には小さな木のお皿が落ちていて、そこには豆が幾つか落ちているだけだった。盗んだも何も、皿には豆しかないじゃない……完全に言いがかりね。この子が物乞いだからって言いがかりを付けて憂さ晴らしをしているんだわ…………
「ちょっと待ちなさい!」
「…………あ?」いかにも"何だお前は"と言いたそうな顔で振り向いた男の顔には、明らかな怒りが滲んでいる。
「その女の子を――」と言いかけたところで、マリーは私の口を塞いだ。
そして後ろに引っ張っていきながら(お嬢様!!何かあったらどうするんですか~~!)と真っ青な顔で泣きついてきた。女の子を助けたい私は、マリーに引っ張られながらジタバタしていたのだけど、なかなかマリーの力が強くて抜け出せない。
すかさず私たちの横を通り過ぎたゼフが男に銀貨を握らせ、交渉の末女の子を解放してくれていた…………あっさり解決してくれて呆気に取られてしまったわ。中身は30代のくせに解決方法は全然お子ちゃまな自分の行動が、ちょっぴり恥ずかしいような悔しいような…………ゼフの腕で女の子がぐったりしている事に気付いて、そんな事を考えている場合ではなかったと、慌てて駆けつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。