第二章「第四区画 通称「フロンティア」にて」

六月二十四日(肛) 「二重構造」

亜暦三三六年 六月二十四日(肛)

 第三区画を出発してからもう2日も経つが、我々はまだ何処にも辿り着いていない。

視界に映るのは複雑に入り組んだ階段道に水道の配管ばかりで、そろそろ嫌になる頃合だ。

フタワの方も相当に疲れているらしく、一、二時間程歩くと直ぐ休憩をねだってくる。勿論、私だって休憩がしたくない訳ではないのだが、いかんせん追っ手が気になる。

「旅人ぉ…たかだか一労働者に国はそんな構わないよぉ…」

「それが、そうでも無いんだよ」

確かにフタワの言う通り労働力の減少を理由に追ってくる事はないだろう。

だが、私という反逆者を捕まえれば、彼らは脱走者がどういう目に合うのかを多数の労働者に知らしめられる。

「一人の命を持って、多数の反乱を防げる。誰も死にたくなんか無いだろう?」

「うんまぁ…確かに…」

フタワは納得した様な態度をしてみせるが、本心では何かに引っ掛かってるようだ。

「どうした?言いたい事があるのなら言った方が気が楽だよ」

「いや、別に。…ただ、私は知らしめるとか何かに誘導させたりするのが気にならなかっただけ。だって、それってちっとも自由じゃない」

「そうだな。私も今ならそう思うよ」

確かめる様にそう口に出してはみるが、ある種、その言葉は私自身を騙していた。

正直言って、私には極人の体制の何処が悪いのか見当がつかないのだ。

それは、長年の教育のせいかも知れないし、規律に身を任せたがる性分なのも関係しているのかも知れない。

兎に角、私には分からないのだ。今だって、私の中には「我々は何にでも成れるのだから、危険な存在に成らぬ様管理すべきだし、生きていく為に誰かが肉機械に成らなきゃいけないのなら成るべきだ」という考えが蠢いている。

言うなれば、私とフタワの考えは水と油なのだ。

決して交わらないし、分かり合えない。

しかし何故だろうか。私の頭の中には彼女を危険に思う気持ちこそあれど、離れるという発想だけは存在しない。

「どうしてだろうな……」

「…ん?あ、なんかあったの?」

そうして、休憩を十分に取り、歩き始める。暫く進むと、「第四区画 正門」と書かれたトンネルの様なものが見えてきた。

第四区画の入り口がこんな洞窟めいた物だったとは……。

そう、思ったのも束の間。私の視界に手を振っている謎の男がが見えた。

「よぉ…次第に来るとは思っていたが、まさか君の方から来るなんてねぇ。いや、まったく予想外だ…」

そう言って親しげに手を伸ばしてきたのは……どうも以前罪滅泉の待合室で会ったあのガスマスク男らしい。

「君は確か……」

「覚えてるだろう?お前が話しかけて来たんだぞ。…私はツツミ。この先にある「世迷病棟」の院長をやっている」

「そんな名前だったのか。にしても、院長だったんだな」

「あぁ、こんなの着てると兵隊かなんかに見えても仕方ないよな…それと、これも何かの縁だ。第四区画に行くんだったらウチに寄ってけよ」

「ウチと言うのは病院か?」

私が質問すると、ツツミは「ああ、そうだ」と素直に頷いた。

悪い話では無いのだが、病院に行って良いものだろうか?病院なんてのは機関の施設なのだろうから、何処かに突き出されやしないか?

とはいえ、下手に誘いを避けた場合、我々は物資の補給が出来ずに野垂れ死ぬだろう。

「もしかして、お前。私が何処かに通報するとでも思ってるな?」

見透かすように、ツツミは笑う。……バレてしまったらしい。

「安心しろ。私達もまた見放された連中だ。そもそも、世迷病棟なんてのは現在の体制に反逆した奴が精神異常者として送られてくる所なんだ。通報した所で、阿呆の戯言として流されて終わりさ。……まぁ、信用しないならしないで良い。でもこのままじゃ、アンタら纏めて野垂れ死にだろうけどな」

……笑えない話だ。まさか、ここまで読まれていたとは。もしかして、私は顔に出やすいのか?


***

「…よし。私は手続きがあるから楽にしといてくれ。旅人」

ツツミに連れられて辿り着いた先は、想像とはかなり離れた場所だった。

私はてっきり、病棟というぐらいなのだからきっと固く隔離された建物なのではないかと思っていたのだが、実際の其処はむしろ解放感すら感じる所であった。まず敷地の殆どが田んぼなのだ。しかも、田んぼだけでなく病院内には小さな工場まである。

「おはよう。君は新しい患者かい?横のは奥さんか」

小さな工場にいたのは中年で無精髭を生やした男。作業服の上にエプロンを着て、麦わら帽子を被ったままのその男は私達に向かって親しげに話す。

「へへ、見えないでしょ」

フタワが間髪入れずに、なんて事ない様な態度でそう言うが、慌てて私はそれを否定する。

「…馬鹿馬鹿、まだ早いだろ。……それより聞きたいのだが…此処は本当に病院なのか?まるで集落の様だが……」

「おや、ツツミからは何も聞いていないんだな」

私が頷くと男は続けて喋る。

「君の想像通り、此処は病院だよ。だけど、新しい社会でもある。……此処ではツツミの命令と私達で考えたルールが全てだ。極人の話や社会の事なんてほとんど誰も話さないよ。精々、私達が考えるのは裏切り者が出るか出ないかぐらいだね」

「ルール…?裏切り者…?」

「ああ、でも一度に沢山言っても覚えられないだろうから、その都度で良いよ。今の私は勤労のノルマ稼ぎで忙しいのさ…これもルールね」

「分かった。ありがとう」

作業服の男を尻目に私達は工場を後にする。……暫くすると、何かを持ってツツミが帰って来た。

「ほい、鍵だ。病室を一つ貸してやる。代わりに、お前は患者をやれ」

「…何!?ふざけるなよ!どうして私がそんな事を…」

「此処には湯を獲得する手段がある。横の奴を見るに、湯が無きゃ四日もせずに澱み切るだけだぞ?…立場、分かってるのか?」

そう言ってツツミはフタワを連れて何処かへと去ってしまった。

「おい!フタワをどうする気だ!?」

「湯の出し方を教えてやろうってんだよ。…心配しなくとも、此処には何人か女が居るから私がやる訳じゃないぞ!」

……残された私は深い溜息を吐きつつ病室の扉を開く。

中に入ってみればそこは何もない簡素な個室であった。

ベッドと机があるだけで、殺風景なものだ。

唯一気になるとすれば壁に貼られた貼り紙くらいだ。

ルール

一 労働はノルマ達成が厳守。(出来なかった者にはペナルティ)

二 恋愛は大いに行え。(恥ずかしがらずに、自由である事が私達の存在意義)

三 裏切り者には制裁を。(ペナルティ者も対象になり得る)

四 月に一度の集会以外でルールを増やさない。

五 フウリの言葉はツツミの言葉と思え。

……など。そんな感じの言葉が十条程まで続いている。

結局どうする事も出来ないので私は諦めてベッドで横になると意識が遠くなっていった。

明日は何をする羽目になるのだろうか?早く抜け道を探さなくは……。

いや、それより、フタワは何処で寝るんだ?

「フタワ…酷い目にあってなければ良いのだが……」

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