第90話 選択のとき
「なぜ、俺の中に出てきた?」
エクトルは、ミリーナの姿をした【銀の疾風】をなじるようにいった。
『精神世界のほうが話しやすいゆえだ。貴様の息づく世界では、妾は長く留まれぬ。故に【器】を欲するわけだが、その【器】が未熟ゆえ、直接貴様の中に入った』
求めていた回答ではなかったため、エクトルは苛立った。
「土足で勝手に……」
『己が身の卑俗さをもって弁えよ、人間。妾とて好き好んでこうしているにあらず』
そういうと【銀の疾風】はふと笑い、周囲を見回した。
『もっとも、素晴らしき世界よ。戦場はいい。黒煙と血と叫喚と……血が滾る』
「あんたは……! いや、いい……」
戦場をつかさどる精霊であれば、そこが心地良いというのが道理だ。
このひどい有り様を見て笑えるだけの冷酷さは、ただの人間には理解の及ばない範ちゅうなのだとエクトルは自分を納得させた。
もっとも、笑えない。
仲間たちの死に引っ張られ、いまだにこうして悪夢を繰り返すのは、この精霊より自分が弱いからだと自覚するしかない。
その弱さで人を守ろうとするのは甚だ滑稽かもしれないが、一方でこのやり場のない憤りをどこにぶつけたらいいのかすらわからないまま、ここまで生き延びてきた。
無視することはできなかった。
過去は断ち切れぬ。
過去は今に続いていて、エクトル自身を形成しているものの一端なのである。過去を切り捨てて生きたら、仲間たちの死は本当の意味で無駄になってしまうのだろうから——
「もう一度問う。なぜ、俺の中に出てきた?」
『求めに応じてだ』
「求め? 俺は、あんたになにも求めちゃいない」
『力がほしかろう?』
「っ……!」
『脆弱な人間がいかに鍛えようとしれている。貴様は願った。この【器】を守りたい、そのためには力が要ると』
その通りではあるが、エクトルは奥歯を噛んだ。力は要るが、その力を授けるのが、このわけのわからない存在であることに納得がいかない。
けれど、受け入れるしか道がないとすれば、これが悪魔の契約だとしても受け入れるよりほかはないのだ。
「……要る。どうすればいい?」
『貴様に【
「【職業】……?」
『【職業】とはこの【器】、聖女の配下に加わることよ。この主従契約は、当然、主の死は従者の死につながる。が、聖女よりもたらされた恩恵を授かり、従者には特別な力が付与される』
エクトルは「帰依のことか」と呟いたが、【銀の疾風】は無視して続けた。
『主従契約において、聖女からもたらされる最初の力は【職業】によって決まる。貴様が選択できる職業は二つ——けれど、一方を選べば元には戻れぬ』
「……わかった。では、俺が就ける【職業】はなんだ?」
『【聖騎士(パラディン)】——秩序にして善、善行により人々を導く希望』
「もう一つは……?」
『【暗黒騎士(ダークナイト)】——正義の代行者、業を背負いし殺戮者』
「…………」
選びようがない。
明らかに後者が相応しいと、これまでの行いがそう告げている。
「ならば俺は——」
口にしようとした瞬間、それでいいのかともう一人の内なる自分が問いかけてきた。
これまではそうかもしれぬ。
これからはそうではないやもしれぬ。
どちらにしろ、ミリーナを守れればそれでいいのに、その選択に迷うのは、贅沢というものだ。
けれど——暗い心の水底から見上げるのは、いつも明るい水面の先にある太陽だった。
生き方は変えられぬと誰かがいった。
けれど、この選択により、もし生き方を変えられるとしたら——
『決めたか?』
「……決めた。俺は——」
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