第86話 イザークの目的

 深夜、月夜の都を優雅に散歩していたのはイザークだった。


「ああ、今宵も美しい……月の魔性に魅入られるこの感覚……『あの方』と出会った日の夜を思い出しますねぇ……——」


 独り言をつぶやくイザークの背後に、二つの黒い影が忍び寄っていた。


「……おやぁ?」


 気配を感じとり、後ろを振り返るイザーク。

 が、そこには誰もいない。


「気のせいでしょうか? ふむ……——」


 唐突にイザークはニヤリと笑った。




「——なぁんてね?」




 ヒュンと空中に跳ぶイザーク。

 すると二つの黒い影がイザークを追って舞い上がった。


 二つの黒い影は、月夜に照らされてようやく輪郭をはっきりとさせる。

 それらは男と女……双子の子供であった。


「そちらから出向いていただけるとは光栄です、十二宮、双子座よ!」


 イザークは狂気に満ちた笑顔で上着から針を取り出した。


「お前はどこの遣いなの?」


 男のほう、スレインはイザークに負けないほどの狂気に満ちた笑顔でイザークに迫る。


「私たちの邪魔をする気?」


 女のほうのリコッタは、いつの間にかイザークの背後に回り込んでいた。

 次の瞬間、イザークの両腕がザシュッと斬れて身体から離れようとしたが、血液がゴム紐のように腕と胴体を繋いでいたために、すぐに戻った。


 イザークは「あはははは」と愉しそうに笑う。


「ああ、ああ、素晴らしいお力っ! なんというコンビネーションなのかっ! このイザーク、久しぶりに本気が出せる喜びに打ち震えております……!」


 ブルブルと震える自分の身体を抱くように、イザークは胸のあたりで腕を交差させた。


 次の瞬間、イザークの指と指の股から毒針が猫の爪のように飛び出た。

 イザークは双子それぞれに毒針を投げつける——が、防がれた。


 この程度は通用しない相手とわかっていて投げたものだが、イザークの悦びはそれだけではない。


 強者二人——この二人を殺すか、殺されるか、その二つしかない状況に至上の悦びを感じていたのである。


 スレインはこの奇妙な男に怪訝な顔を向けた。


「お前、何者だ?」

「ただの薄汚い暗殺者です。イザークと申しまして、この度は貴方がた十二宮を殺すために馳せ参じました」


 丁寧にお辞儀するイザークの目の前にリコッタが現れる。


「だったら、ただの敵ね!」

「……違いますよ?」


 と、ニタっと笑うイザーク。


「少なくとも、殺した人数なら貴方がたよりも多い——」


 イザークは、なんのちゅうちょもなく、リコッタの額にダガーを刺す。

 しかしそれは残像だった。


「遅いっ!」

「速いですねぇ?」


 リコッタが手刀をイザークの首に叩き込もうとする。

 が、イザークはそれを口で受け止め、リコッタの手を噛みながら、またニタリと笑った。


「ひっ……! なんなのこいつ……!」


 慌ててリコッタが腕を引っ張ろうとしたが、いとも簡単に身体の自由がきくようになった。というのも、すでに肩のところで腕が斬られていたのである。


「きゃあ!」

「リコッタ……!」


 スレインがイザークに迫る。


「リコッタの腕を返せぇえええーーーっ! ——え?」


 イザークに到達しようとしたとき、彼の姿がすぅっと消えた。


「空渡り——暗殺者なら誰でも使える技術ですよ」


 耳元でそう聞こえたと思ったら、スレインの胸から黒いダガーの刃先が突き出た。

 スレインの背後から「プッ」となにかが吐き出された音がして、下方にリコッタの千切れた腕が落ちていく。


「あ……ぐぅ……!」

「そろそろ本気を出されたほうがいい。……早く、本体を見せてください?」

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