第84話 受け入れる難しさ

「——さぁて、では私は少し外を見回ってくる」


 そういうとイグレシアスは部屋を出ていった。エクトルは深くなにかを考える顔をして、今後のことをミリーナとカーヤと話そうとした。


「まだ、いろいろ頭の中の整理が追いついていない」

「ええ……わたくしもどうすればいいか、考えあぐねております」

「…………」


 この場でいちばんの重荷を背負っているのは、間違いなくミリーナなのだが、そのミリーナはボーッとした顔で、放心しているようにも見えた。


「……ミリーナ?」


 エクトルが声をかけると、ミリーナははっとした顔をした。


「え? なに?」

「今、なにを考えていた?」

「……。ううん、なにも考えられなくて」

「そうか……」


 あまりにもいろいろなことがこの数日間起き続けた。


 六柱の神々、それぞれの事件の調査から始まり、ミリーナが聖女であったこと、輪廻から外れた存在の双子と対峙したこと、そして突然現れたイザークのこと——イグレシアスが先ほど、この白の都がやがて大きな争いに巻き込まれるだろうと予測していたが、それはあながち間違ってもいない気がしていて、エクトルはもう一度悩む顔をした。


「どこから手をつけていいかわからないが、カーヤはいったん戻ったほうがいい」

「はい。備えなければいけないとわたくしも思いましたので……」


 エクトルは「そうだな」といって、双子のことも訊ねた。


「あの双子の件だが、カーヤはこの町に住んでいて見たことはなかったか?」

「はい。あのような者たちは一度も」

「そうか……だが、これで犯人はわかったと思う。これまでの代表者三人の殺害については、あの二人が関係しているようだ」

「それにしても、なぜ……」

「……わからない。だが、同じようなことは王国でもあった」


 カーヤに類似の事件があったこと、そこでもあの二人によく似た双子が関与していたかもしれないということをエクトルは伝え、ふぅと細く息を吐く。


「目的がわからない。だが、必要だから殺したというのは、たぶんそのとおりだ。遊びに近いなにかで、あの二人にもなにかしらの目的があるんだろうな」

「目的がなんであれ、処罰されねばなりません」

「ああ、同感だ。そして四人目の代表者を守ることも必要だ」

「エクトル、イザークとやらは捨て置いていいのですか?」

「いや、放置はできない。やつの目的も知れないんだ。この白の都に火をつけるかもしれない……港町のときのようにな」

「わかりました。諸々、戦神アレスの司祭様にお伝えした上で判断したいと思います」


 扉に向かったカーヤに向けて、エクトルは「一つ」と引き留めるようにいった。


「……ミリーナの件は——」

「聖女であることは伏せますし、今回の事件に直接の関与がないので、伝えないつもりでいます」

「助かる。ではまた」


 カーヤが出ていったあと、残されたエクトルとミリーナのあいだには、しばらく沈黙が流れた。どちらも口を開かない重苦しいだけの時間がすぎると、いつの間にか外は黄昏色になっていた。


 ミリーナは、すっと扉のほうへ歩き出した。


「ミリーナ、どこへ?」

「……食事の支度をするわ」

「こんなときに……」

「こんなときだからこそ、備えておかないといけないの」


 ミリーナ扉のほうへ向うと入れ違いでイグレシアスがやってきた。出ていったミリーナが階段を降りていく音が聞こえると、エクトルは「はぁ」と大きなため息をついた。


 なにがあったのか察して、イグレシアスはやれやれと思いながら窓辺に立った。


「……外の空気がざわついている」

「そうか」

「今晩あたり、なにかあっても不思議ではないな」

「そうか……」


 エクトルは、白の都になにがあろうと自分やミリーナには関係のないことだと思った。関わったのはカーヤに依頼されたからで、その依頼だって犯人である双子までいったんはたどりついた。あとは神国がどうするかだけのこと。すべきことはしたと、エクトルは自分にいい聞かせるようにした。


 そもそも出しゃばるつもりもない。

 この身体は休息を求めているのだから——


「エクトル」

「……なんだ?」

「先にもいったが、お前はミリーナに帰依し始めている。言わずもがな、聖女という存在にだ」

「…………」

「お前の動向は、ミリーナが決定する。彼女の意思にそうのが近道だ」

「俺は帰依したつもりはない。それに、彼女だって迷っているだろう?」


 イグレシアスは「だからお前は男としてダメなのだ」と呆れたようにいった。


「ミリーナが迷っているのは、この町をどうしたら救えるかだ。そこに手負いのお前を巻き込まないためにはどうしたらいいか、そのことを考えている」

「なんでわかるんだよ、そんなこと……? 魔法使いだからか?」


 イグレシアスは、思わずふっと声に出して笑った。


「なぁに、ダテに長く生きちゃいないってことさ。それにな、男は尻に敷かれていたほうがうまくいくもんだぞ?」


 エクトルは「はぁ」と気のない返事をしておいた。

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