第68話 白の都の闇

 神国の中心部は白い岩を削ってできた石材をつかってつくられているため、『白の都』とも呼ばれている。エクトルのいた王都も立派なつくりの建物があるが、白の都の美しさにはかなわない。


 そんな白の都の夜に紛れて、エクトルとカーヤは、波止場に降り立った。


「先に伝えておくが『仕事』はしない。俺は引退した身だ」

「わかっております。ですが、もしなにかあれば——」

「ああ。そのときは俺も容赦はしない」


 二人は示し合わせたようにいうと、都の中心部に向けて歩き出した。


「それで、今からどこへ行く?」

「三人目の代表者のところへ」

「……死因は?」

「刺殺です」

「それは変だ」


 これまでの二人は事故、もしくは事故に見せかけた殺人だったようだが、三人目は明らかに今までとは違う。


 代表者だけでなく、その護衛の者も殺されたとなっては、手口を変えたか、もしくは——


「別人がやったのか?」

「その可能性はありますね。なりふり構わなくなったということも考えられますが……」


 エクトルは「ふむ」といって、少し考え込んだ。

 あらゆる可能性を考えた上で、とりあえず現場を見てみたいといった。


「——こちらです」


 カーヤが案内した場所は、港から近い酒場の近くの路地裏だった。

 すでに死体は片づけられており、そこには血のあとだけが残されている。


「死体は?」

「すでに屋敷のほうへ運ばれました」

「どうして?」


 できればそのままでいてほしかったのだが、カーヤは小さく首を振るう。


「御婦人が一緒にいたそうです。少しのあいだ、御婦人だけ離れた場所にいたそうですが、そのあいだに事が起きたようで……御婦人の命令で、ご遺体はすぐに屋敷へと」


 エクトルは参ったな、と思った。


「刺された場所は?」

「背中から心の臓へひと突きです」

「……『前』があるな? 鮮やかすぎる」

「おそらくは……」

「だが、暗殺者でないことはわかった。おそらく代表者の知り合いで、元軍人かなにかだろう」

「どうしてわかるんですか?」

「場所と手口さ」


 知り合いなら、親しい間柄なら、相手の顔を見ずに殺したい。そういう心理が働いた上で、背中向きなら犯行の心の負担が軽減する。それに、こんな路地裏へ案内する関係というのは、それなりに親しくなければいけないだろう——あくまで憶測だが。


 そういう説明をすると、するとカーヤは「さすがですね」といった。


「三人目はもともと軍部を司る役職にいた方でした。現在は穏健派でしたが、軍部にいたときは改革派に属していました」

「恨みを買うようなことは?」

「わたくしの知る限りでは……」

「誰に聞けばわかる?」

「かつての側近に近い者たちならば、あるいは……」


 これで一つ道筋はできたようだが、まだ不確定な要素が多い。実際に死体を見てみなければわからないことのほうが多いし、動機もまた気になるところだった。


「明日、三人目の代表者の屋敷へ行きたい」

「わかりました。また明日の朝お迎えにあがります」

「では、ほかの二人の代表者が亡くなった場所に案内してくれ」

「かしこまりました」


 深夜に近づくにつれて、白の都の闇が濃くなった。


 エクトルとカーヤは、暗闇のどこかから自分たちを見つめる目のようなものがある気がしていた。もちろん、二人は気配を察知する能力があるため、誰かの気配に気づかないはずがない。そうではなく、なにか、深淵の底からこちらを覗き見るような、そういう漠然とした嫌な予感のようなものが、二人の肌をひりつかせていた。




 ——ちょうどそのとき。




「——う……いたた……」


 ミリーナは首を抑えながら目覚めた。そこは船室で、そばにアイリスがいた。アイリスの船室なのだろうとすぐにわかった。


「起きたのかい?」

「……エクトルは?」

「ん? 神官の女と二人で都にいっちまったよ。ありゃ昔の女かねぇ」


 アイリスは呑気そうにいったが、ミリーナはガバっと起き上がった。


「いけない!」

「……? なにがだい?」

「近づきすぎているのっ!」


 男女の距離が? とアイリスは思ったが、ミリーナの必死な剣幕を見て、そうではないと察した。


「……どういうことだい?」


 アイリスが訊ねると、ミリーナは頭を両手で押さえた。


「……わからない。でも、なにか、とっても嫌な予感がするの……」

「嫌な予感?」

「ここにいてはいけないわ! なにか、悪いものが神国にいるのっ……」


 アイリスは首を傾げたが、ブルブルと震えるミリーナを見て、なんだか自分もそんな気がしてきてならなかった。

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