第66話 戦友からの頼み

「久しぶりだな。王都のクーデター以来か?」


 エクトルが表情を変えずにいうと、カーヤは「ええ」と頷いた。


「まさか、王都からこっちに流れていたとはな」

「わたくしも亡命者です。今は戦神アレスに帰依し、日々をおだやかに過ごしております」

「そのようだな」


 二年前、王都で起こったクーデターの際、カーヤは王に反旗を翻した反政府側のメンバーの一人だった。かなり中枢にいたのだが、あの混乱のあとにここまで逃げのびていたらしい。


「……軽蔑しますか?」

「いや。なんだか今はほっとした気分だよ」

「なぜ?」

「あのときの主要メンバーはほとんどが捕らえられて殺された。生き残っていた者がいて、安心したんだ」


 カーヤはすっと視線を落とした。


「けれど、あの日のことを思い出さない日はありません。平和でおだやかな生活と代償に、同胞たちの死を背負って生きています」

「そうか……」

「あなたもそうではないのですか?」

「……いいや。俺はそこまで感傷的な人間ではないよ」


 たまにだが思い出すこともある。ただ、しょっちゅうというわけではない。ふとしたことがきっかけで、同胞たちが死んでいく様子を思い出すくらいだ。


 忘れたくとも忘れられない。

 それが、生き残った者のさだめというものかもしれない。


 エクトルは「ところで」と話を変えることにした。


「使者というのは?」


 海賊船に、護衛もつけずに一人でやってきたことを鑑みれば、なにかあるのだとエクトルは察した。


「あなたに頼みたいことがあるのです」

「その前に、どうして俺がこの船に乗っていることを知っていたんだ?」

「神国には各国に信徒がいます。中には、神国に情報をもたらす者も……」

「なるほど……町人たちの中に、スパイがいたってことか」

「言い方はいろいろありますが、その認識で間違いありません。わたくしたちは『ハト』と呼んでいますが」


 神国の長い繁栄の影には、信徒——つまり、神国で崇めている六柱の神に帰依する者たちがいる。諸外国と積極的に外交をしなくても、世界の動向を監視する者が、あちこちに紛れ込んでいるのだ。


 彼らを『ハト』と呼ぶのは、神国の平和をもたらす存在だからだろう。

 ところ変わればスパイとなるが、呼び方はなんだっていい。とにかく、そういう情報を横流しする者がいるということだ。


「……それで、俺に頼みたいこととは?」

「神国で、きな臭い動きがあります」

「は? どうして?」


 にわかには信じられない。

 この国に不満を唱える者がいるのだろうか。


「理由については現在調査中です。秘密裏に動いていますが、ここから先は難しいかと」

「それで、俺か?」

「元暗殺者のあなたであれば、真実にたどり着くのではないかと」

「……話せ」


 カーヤはここ最近神国内で起こっている事件について話し始めた。


 神国は、大教皇という国の代表者はいるものの、ほとんどはお飾りで、政の決定権はない。実際の政は、六柱の神々を信仰する六人の代表者による議会で行われている。


 けれど、最近——この六人の代表者のうち、二人が不審死をとげた。


 最初の一人は酔って海に転落。

 次の一人は、建築現場での落石事故。


 相次ぐ事故死に、いよいよ怪しいと思った戦神アレスの代表者が、カーヤを含めた数人の者を集め、調査するように依頼したのだという。


「それの、なにが問題なんだ?」


 二人の議員が亡くなった、というのは神国に暮らしていないエクトルにとっては、ただ数として二人減ったという認識にしかならない。


「問題は、そのお二人が穏健派で、難民受け入れを積極的に行っていたことにあります」

「もし殺されたとしたならば、殺される理由がない……そういうことか?」

「いかにも」


 そう言って、カーヤは大きなため息をついた。


「ここ十数年、神国は様々な国の難民を受け入れました。飢饉や流行り病などもなく、国力がかなりついたほうです。兵力でいえば王国に匹敵するでしょうし、帝国にまさる勢いになっていくでしょう」


 カーヤは「ですが」と声を潜めた。


「そうなると、困る人たちがいるようです」

「……わからんな」


 エクトルは考えてみたが、内戦が起きる理由にはあたらないと判断した。であるならば、内戦を起こしたい諸外国のどこかの国がいるということになる。


「他国が狙っているということか?」

「わかりません。ですので、調査が必要なのです。亡くなったお二人は、人格者でもあり、信頼の厚い人たちでした。このまま訃報が続けば、いずれは……」


 国内での相次ぐ代表者の死——国民が騒ぎ立て、政がゆらぐことを懸念している、というわけか——エクトルは「ふむ」とここまでの話を聞いたが、もう一度カーヤを見る。


「調査を協力したとして、俺になんの得がある?」

「大図書館」

「ん?」

「……ミリーナさん、といいましたか、あの娘は」


 そこまで知られていたのかとエクトルは思った。


「ミリーナがどうした?」

「大図書館には、神官すら一部の者しか入れない貴重な部屋があります。そこにはおそらく——ミリーナさんのことに関係する資料があるかもしれません。今回の一件が解決したあかつきには、我が代表者にかけあって、そこへの入室許可を取りつけましょう」

「かもしれない、か……」


 そんなイチかバチかのことで、わざわざ問題に足を突っ込むべきか、エクトルは悩んだ。


「カーヤ、お前は知らないのか? 精霊の声ってやつを」

「……それは、わたしは詳しくは存じ上げておりません。……そもそも、精霊をおいそれと口に出してはいけない決まりになっています。神国では禁忌なのです」

「なぜ?」

「最初からそうなっていました。理由はわたくしにもわかりませんが……」


 いよいよもって、エクトルは大いに悩んだ。

 この日はけっきょく結論が出ないまま、カーヤは帰っていった。

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