第59話 二つ目の武器
「——これで、五分と五分だな」
エクトルは黒いダガーを逆手に持ち、水平に構えた。
「ぐっ……無粋なっ……! 貴様ぁ……卑怯だぞっ! 助けを借りたなっ⁉」
エクトルは笑いを噛み殺した。
これが、自分の起こした卑怯かどうか——アリシアが矢を放ったのは、エクトルもまったくの予想外のことだった。
ただ、そこでイザークに隙が生まれた。
そこでエクトルは地面に刺さっていたイザークの毒針をすぐさま抜いて投げたのだ。
「なにを勘違いしている? 俺は手段を選ばん。たとえ正道でなくとも、機は逃してはならない。暗殺者とはそういうものだ」
「詭弁だっ!」
「ああ、そうさ……それよりも、口調が変わっているぞ?」
挑発するように、エクトルはイザークを見つめた。
怒りなのか、毒の苦しみからくるものなのか、イザークはフーフーと息を荒げ、額に血管が浮き出ていた。もはや女性的な美青年の顔はそこになく、ただただ醜悪な顔つきになっている。
「自分の毒の味はどうだ?」
「安い挑発……! こんなもの、耐えられるに決まっているだろうっ!」
「なら安心した——」
途端にエクトルはビュンと風を切るようにイザークに迫った。
焦るイザークはなんとかエクトルの一撃をかわしたが、毒が回ってきて、ふらっとよろける。なんとか踏ん張って持ちこたえるが、言うに及ばず、エクトルの追撃は止まらない。
イザークの顔からは、すっかり余裕が消え失せていた。
次のエクトルの突きをなんとかかわしたが、左頬がピシャと斬れ、つつっと血が滴る。
(この男っ……⁉ 私の顔にっ……! 許さん、許さん、許さんっ!)
この男だけは生かしてなるものか——イザークは目を血走らせながら、大きく地面を蹴って下がった。ありったけの火薬玉をぶつけてやろうという魂胆である。
もちろんエクトルはイザークから離れないように一緒に跳んだ。
果たして、二つの影のあいだには多少の開きができた。
しめた——とイザークは思った。
懐に忍ばせていた火薬玉を手に取ると、懐から抜くと同時に投げようとした。
が——なにか黒いものがビュンと飛んでくる。
エクトルの黒いダガーだ。
「馬鹿めっ!」
イザークは空中で身を翻し、軽く避けた。
「愚かなっ! 武器を無駄に捨てたなっ!」
と、ありったけの火薬玉をエクトルに投げつける。
バンッ! バンッ! バンッ!
エクトルは顔を隠すように両腕で防いだが、血が飛沫した。
火薬玉には殺傷力はさほどないものの、弾けた際に拡散する鉄の塊は肉まで刺さる。
動きを封じられればこっちのもの——イザークは懐から今度は毒針を出す。
「これで貴様も終わり……——」
そのときであった。
イザークはふと首に、なにか細い糸のようなものが触れているのを感じた。月明かりに照らされて、その糸は、白く、金属のように光る。
糸の先は、エクトルの手。
そうして、もう一方は——
「あ……——」
糸が首に巻きつくと、イザークの首が、身体からゴロンと離れた。
自分から離れていく身体を見ながら、イザークはしてやられたと思った。
六人の暗殺者は、それぞれに二つ武器を持つ。
黒いダガーと、暗器。
自分のような毒使いは、毒針や毒の粉の入った袋——つまり飛び道具を持つ。
考えてみれば不思議だった。
エクトルはこれまでの戦闘で、一度も暗器を見せていない。ダガーだけで戦っていた。
そんなはずはなかった。
ダガーしか持たない暗殺者はいないのだ——
「き、さま、は……——」
鋼糸——金属でできた斬れない特殊な糸。
ワイヤーよりも細く強靭なそれは、いとも簡単に骨を断つ。
エクトルはダガーを投げたが、その実は手に持った鋼糸がダガーに括りつけてあった。完全に油断を誘われた。だから、鋼糸が見えなかったのだ——
(なるほど、そうか——)
エクトルは『鋼糸使い』だった。
納得したところで、イザークの首は地面に落ちて、ゴロゴロと転がった。
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