14.……足掻くな
薄暗い小屋の中、空気は冷たく張り詰め、恐怖が染み渡るようだった。
トルビンの妻とその十四になる娘が、身を寄せ合い、怯えた表情で隅に追い詰められている。娘の服は乱れ、その小さな体は恐怖で震えていた。
母親は必死に娘を庇うように抱きしめ、兵士たちに向かって懇願するように叫ぶ。
「やめてください! 娘には手を出さないでっ……!」
だが、兵士は冷酷な眼差しのまま彼女に近づき、言葉もなくその腕を無造作に引き剥がした。無表情なもう一人の兵士が、さらに追い打ちをかけるように冷たく言い放つ。
「邪魔だ。お前の相手は俺だ」
その言葉と共に、兵士は容赦なく母親を壁に押しつける。
母親が必死に娘のほうへ手を伸ばし、娘は小さく悲鳴を上げた。
けれど、その悲鳴さえもかき消されるように、兵士は無情にもその距離を縮めていく。
「やめてっ!」
母親の叫びが響いたその瞬間——小屋の中に、鋭く冷ややかな気配が走った。
兵士の腕が振り下ろされる刹那、エクトルが闇の中から音もなく滑り込んでくる。母娘の怯える視線の先に、彼の冷徹な眼差しが、静かに兵士たちを射抜いた。
彼の中で渦巻く感情が、胸の奥を締め付けるように疼く。
この行為がかつての自分を欺き、贖罪と呼ぶにはどれほど虚しいことか——それを理解しながらも、エクトルの足は止まらなかった。
冷静な動作で一瞬の隙も見逃さず、エクトルはまず最初の兵士の背後に回り込む。
冷ややかにその首元に手を伸ばし、力強く抑え込むと、兵士は息を詰まらせ、もがく間もなくその場に崩れ落ちた。
周囲の緊張が凍りつく中、エクトルの眼差しは次の標的へと向かっていた。
冷たい夜の空気が静かに流れる中、エクトルの耳に微かな物音が響いた。音に反応した兵士が振り向き、驚愕の表情でエクトルを見据えた。
その眼差しには一瞬の焦りが浮かんでいたが、エクトルはすでに次の動きに入っている。相手が構えを取るより早く、鋭く拳を突き出し、兵士の顔面に容赦ない一撃を叩き込んだ。呻き声とともに兵士はふらつき、壁際へと後退したが、その目には未だ怯む気配はない。
「貴様……!」
と息を荒らげながら、兵士は血の滲む口元を拭い、壁に掛けてあった自分の剣を掴もうと手を伸ばす。
しかし、その手が柄に触れるか触れないかの瞬間、エクトルは素早く間合いを詰め、冷ややかにその手首を掴み上げた。
「……足掻くな」
その声は静かで、どこか冷徹な響きを宿していた。
エクトルは兵士の腕をねじり上げ、壁際に抑え込む。兵士は耐えかねたように悲鳴を上げ、必死に体を捩って抵抗を試みるが、エクトルの確かな力に押さえ込まれ、徐々にその動きを止めていった。
やがて兵士の体が地面に崩れ落ち、意識を失ったのを確認すると、エクトルは冷ややかな目でその姿を見下ろした。
そして、一瞬だけ息を整え、ゆっくりとトルビンの妻と娘へと視線を移す。
「……もう大丈夫だ。——俺はエクトル、ロイドさんのところで最近畑仕事を手伝っている者さ」
低く落ち着いた声でそう告げると、怯えきっていた母娘の表情が僅かに安堵へと変わる。
母親が涙を浮かべながら、震える声で礼を述べた。
「エクトルさん、本当に……ありがとうございます。あの人たち、私たちを無理やり……」
言葉を詰まらせ、母親は娘をしっかりと抱きしめた。
娘もまた、母にしがみつくようにしながら、か細い声でエクトルに感謝を告げる。
「……帰れないと思ってた。助けてくれて……ありがとう、エクトルさん」
エクトルは一瞬だけ目を伏せ、静かに頷いた。
その瞳には、彼が普段は見せることのない深い哀しみと優しさが浮かんでいた。
そして、母娘を安心させるように、穏やかな声で続けた。
「さあ、村へ帰ろう」
そう言ってエクトルはそっと身を屈め、二人の手を優しく取って立たせるよう促す。
彼女たちが再び歩み出せるよう、彼の手には確かな温もりが込められていた。
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