第13話 形見のつるぎ

 ミリーナの部屋は二階の廊下の突き当りだった。

 ノックすると、中から元気のない「はい」が聞こえた。エクトルは来たことを告げると、ミリーナは「どうぞ、入って」といった。

 果たして、ミリーナは窓辺のベッドに横になっていた。

 顔が赤いのは熱があるからだろうか。布団にくるまり、力のない目で、


「こんにちは、エクトル」


 と、弱々しくいった。


「大丈夫ではなさそうだ。どうしたんだい?」

「マーゴ叔母さんから聞いていたでしょ?」

「え?」

「声が大きからここまで届くの」

「なるほど……」


 エクトルは引っ越してきた日のことを思い出した。

 あの日、ミリーナはここにいた。エクトルとマーゴが話していたのを、聞き耳を立てていたのだろう。そうして、王都から来たと話したのを聞いて、王都出身だといったのだとエクトルは思った。


「身体が弱いこと、どうして教えてくれなかったんだ?」

「弱いわけじゃない。病気というわけでもないの」


 と、ミリーナは小さな声でいう。


「精霊の声がするの」

「どんなのだい?」

「すごく悲しい、つらい、恐ろしい……そういう声」

「それが聞こえると体調を崩すの?」

「……信じていないよね、きっと」


 ミリーナはそう言うと窓の外を見た。


「目には見えない。だから信じられない。でもエクトルは優しいから、信じたふりはできる……でしょ?」

「いいや……でも、すまない」


 エクトルが謝ると、ミリーナは「え?」と小さく驚いて、エクトルのほうを見た。


「信じたい気持ちはある。でも、それは精霊なんて不確かなものではなくて、君、ミリーナのことだ。俺はミリーナを信じたいと思っている」

「嘘……」

「嘘じゃないことはわかるんだろ?」


 エクトルはミリーナのエメラルドの瞳をじっと見つめた。次第にミリーナの表情は、嬉しいのか、悲しいのか、そういうひしゃげた顔になった。


「恥ずかしいの、向こうを向いていて」

「ああ、わかった……」


 エクトルは慌てて背を向けた。


「……ミリーナ、どうした?」

「恥ずかしいだけ」


 ミリーナがなにに羞恥を覚えたのか、エクトルにはわからなかった。けれど、伝えた言葉以上に伝わったなにかがあったのだと思った。


「誤解をしないでほしい。俺は、君の友人としていったまでだ……」

「目をじっと見ていうことじゃないわ」

「すまない、誤解させたのなら……」

「ううん、もう平気……だけど……」

「だけど、なに……? ミリーナ?」


 振り返ると、ミリーナは苦しそうな顔でベッドに倒れていた。


「ミリーナ、どうした?」

「エクトルのせいで、熱が上がって……」


 エクトルは慌ててミリーナの額に手を当てた。


「すごい熱だ……ミリーナ、大丈夫か?」

「平気……もう少し、眠れば……——」




  † † †




「ありゃあしばらく時間がかかるね」


 エクトルが一階で待っていると、二階の様子を見てきたマーゴが階段を下りてくると、呆れたようにいった。


「寝巻きを着替えさせて身体を拭いてきたけど、熱を下げてやらないとね」


 そうしてマーゴは困った顔をした。


「でも、うちに置いていた解熱剤はもうないし……」

「ほかに……解熱剤は、この村には?」

「医者もないのに薬屋なんてあるかね」


 マーゴはやれやれと商品棚をあさり始める。


「王都で売ってるもんをうちの店で置いてるだけさ。あとは店をたたんじまった薬草屋のエイミーさんが煎じ薬を知ってるくらいか」

「薬草屋はどこに?」

「三軒隣だよ……うん? あんた、まさかとは思うけど、あの子のために?」

「なにもしないよりは、できることがあれば」


 マーゴは大きく息を吐いた。


「あたしも売ったことのある家を訪ねてみるよ。エイミーさんところ、頼めるかい?」


 エクトルは頷いたあと、急いで道具屋を出てエイミーのところを訪れた。

 薬草屋はたたんだときのままだった。すっかり枯れてしまった薬草、乾燥させた薬草が天井から吊るされたまま、鼻に残る独特な香りとともに残っていた。

 エイミーは奥にいた。ずいぶん腰の曲がった婆さんで、齢は八十をこえている。耳も遠い。ミリーナのことを声を大きくして話すと、エイミーはシワだらけの顔でにっこりと笑った。


「煎じ薬なら、薬草さえ摘んできてもらえればつくれるよ」

「なにが必要ですか?」

「そうさねぇ。今時期ならユキカゲ草とヤマシシの種かね。熱によく効くんだ」

「どちらも知ってます。このあたりだとどこに生えていますか?」

「西の山で採れるね。木こりの親子がいるから、場所は訊いとくれ」

「わかりました。急いで摘んできます——」


 エクトルが慌てて出ようとすると、エミリーは「ちょいとお待ち」と引き止めた。


「その格好でいくのかい?」

「ええ……」

「なら、ちょっと待ってな——」


 そうして奥からなにかを持ってくると、エクトルにそっと手渡した。古びたロングソードと、それを腰に差すための革のベルトだった。


「山は魔物のすみかさ。これを持っていきなさい」

「いや、しかし、さすがにこれは……」


 エクトルが遠慮したのは、それらのロングソードやベルトに王国の印が刻まれていたからだ。現在の王国兵士が使っているもの、それほど使い込んでいないところを見るに、老婆がなぜこれを持っているのかおおよそ察しがつく。

 だから受けとるわけにはいかないのだが、エイミーは強引にエクトルの手に持たせた。


「孫を連れてってやっとくれ」


 エミリーはそういってにこりと笑った。


「お孫さんのものでしたか……そんな大事なものを、受け取れません……」

「孫も喜んでくれるさ。ミリーナを助けるために抜くならね……」


 ああ、そうか——エクトルは複雑な思いにかられながらも、やがて折れた。


「……お借りします」

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