第12話 ミリーナの病気

「ミリーナが来なかったかって? いいや……」


 四日目の朝、エクトルはロイドのもとを訪ねてミリーナのことを訊くと、彼は首を捻っていた。


「なんだい? あの子と、喧嘩でもしたのかい?」

「いいや、そんなこともないんですが……」


 昨日も来なかったし、今日も来なかった。心配とまではいかないが、あのまま会っていないのがどうしてもすっきりしない。嫌われたくないといっていたので、ミリーナから距離を置くことにしたのなら好都合だが、エクトルの嗅覚はそれとはべつに、なにか嫌な臭いを嗅ぎとっていた。


「気になるならマーゴさんのところに行ってみな。今日のところは休みにして、まだ買い揃えていないものを買ってくりゃいい」

「いや、しかし……」

「なぁに、俺もついでに頼みたいことがあったのさ。マーゴさんのとこに野菜を届けてくれないか? ——支度ができたらもう一度俺に声をかけてくれ」


 ロイドがそういうと、エクトルはしぶしぶといった感じで家に戻った。


(駆け引きのつもりか……)


 ミリーナならそれもあり得る。彼女は嘘こそつかないようだが、男を手球にとって遊ぶようなからかいを仕掛けてくるのだ。


(マーゴさんのところに野菜を届けに行くだけ……けしてミリーナのことが気になるからではない)


 エクトルは自分にそう言い聞かせたが、そこでロイドが気をきかせて口実をつくってくれたのがわかった。


(ロイドさんには頭が上がらないな……)


 家だけではなく仕事まで世話をしてもらい、多少お節介だがよく人を見ている。エクトルがミリーナを気にしている真意はべつにあるが、うまくいってほしいとも思っているのだろう。

 エクトルは簡単に支度を済ませ、再びロイドの家に向かった。




  † † †




 マーゴの道具屋に着くと、「おや、エクトルかい」と向こうから先に声をかけられた。

 エクトルは「ロイドさんに頼まれて野菜を届けにきました」と伝え、カウンターに野菜の積まれたかごを置いた。


「……あの、ミリーナは?」


 エクトルは微笑を浮かべながら訊ねた。


「あの子なら体調を崩していてね、二階でふさぎ込んでいるよ。——ま、たまにあるのさ。二、三日で治ることもあれば、七日は熱が下がらないこともね」


 マーゴは慌てる様子もなく、やれやれという顔で苦笑する。


「ミリーナはもともと身体が悪いのか?」

「いいや、元気そのものだよ」


 マーゴは「ただね」と、わずかに表情を曇らせた。


「この二、三年はあまり良くはないね」

「原因は?」

「さぁ……なにせ医者のいない村だ。町まで連れて行くにしてもミリーナは平気だっていうし、高熱が出たと思ったらケロッと治っちまう。よくはわからないねぇ」


 エクトルは「ふむ」と顎に手を当てた。

 思い当たる病気はないが、放っておくのもよくない気がする。マーゴのいう通り、本人がケロッと治るのを待つしかなさそうだ。


「で、ミリーナとはどうなんだい?」

「どう、とは……?」

「しらばっくれちゃって。ミリーナはだいぶあんたのことが気に入っているようだ。おとついも帰ってきて楽しそうに話してたよ」

「はぁ……」


 エクトルが気のない返事をすると、マーゴは眉根を寄せた。


「あの子のなにが気に入らないんだい? 気立てはいいし、器量好しじゃないか? なかなかいないよ、あんないい子は」


 エクトルは苦笑した。マーゴが魔法に関わるいっさいについて、嘘をつくこと、口に出さないことが多すぎるのは、きっとミリーナに対する優しさなのだ。


「気に入らないわけじゃなく、わからないことが多すぎてね……」

「時間が経てば頭の熱も冷めちまうよ。あの子はあの通りさ。裏も表もなく、あれがミリーナだ。あんたのは、王都で暮らしたことのある学のあるやつの悪い癖さ。言葉の裏を探ろうとして、けっきょく足が止まっちまう」

「同じようなことはロイドさんにもいわれたよ」

「そうだろう? あんたは難しいが顔に出ちまってる。そんな学者みたいな顔してたら、女に愛想を尽かされるよ」


 そういってマーゴは大きなため息を吐き、階段のほうを見る。


「……いい子だよ、あの子は」


 それがマーゴの本心なのだとエクトルは思った。マーゴは皮肉屋だが、姪っ子を大事に思っている。本当は心配でならないから、エクトルが来たときからずっと、カウンターに座りながら二階の様子をちらちらと窺っているのだ。


「ミリーナに会えるかな?」

「あんたはあの子に深入りしたくないんじゃないのかい?」

「今は……友人として。彼女が心配なんだ」

「……わかったよ。ノックして声をかけてやっておくれ」


 マーゴはそういって、二階に上がるのを許可してくれた。

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