第11話 なるようにしかならない
「——ミリーナかい? ああ、素直でいい子じゃないか。うちの子供たちの面倒も見てくれるし、すっかり娘みたいなもんだよ。嫁にするにはお転婆すぎるが、村じゃ一番のべっぴんだし、噂によりゃあ隣村の村長んとこの息子が狙ってるそうだ。——まあ、あんたはミリーナからだいぶ気に入られているみたいだし、どうだい?」
農作業の合間、エクトルはロイドにミリーナについて訊ねると、逆にこう聞き返されてしまった。そういうつもりで訊ねたわけではなかったが、ロイドは汗を拭きながら楽しそうに話す。
「マーゴさんだって、この村にミリーナを置いておきたいからねぇ。村に未婚の若いやつがいないから、あんたにって、あてがってるってわけよ」
エクトルはふっと苦笑いを浮かべた。
「来たばかりでなにも知らない若造に、大事な姪っ子を差し出すのはちょっとどうかなと思うんですが」
「マーゴさんにそんだけ気に入られたんだろ? よそもんが、あの気難しがりに気に入られるのもひと苦労なんだぜ?」
「はぁ……」
「両方から気に入られてんなら、なにも問題はねぇ。あんたの気分次第ってわけさ」
「問題ないか……」
「ああ、そうさ。問題ねぇ」
エクトルは雑草を苅りながら、問題はある、と頭の中で思っていた。
ミリーナは得体が知れない。今朝の一件もそうだが、学があるとはべつの、不思議な感覚を持っている。エクトルが危機を察知する嗅覚に優れているのなら、ミリーナは嘘を察知する嗅覚に優れているのだろう。
だから相性が悪い。
秘密を持つ者と秘密を暴く者が上手くやっていけるはずもない。
むろん、ミリーナを妻として迎えるうんぬんはべつで、彼女とどう関わればいいのかという疑問がどうしても頭の片隅にある。
下手に行動に移さずとも、そのうち飽きられるのを待っていればいいのだろうが、しばらくは今のような関係が続きそうな気もしていた。
(参ったな……)
エクトルは青空を見上げた。
何羽かの鳥が通り過ぎた。空はどこまでも続いているというのに、人の社会というのはどうも狭苦しい。そこに折り合いをつけられないほど子供ではないが、やってくるすべてを受け入れられるほど大人にはなりきれないと自分では思う。
(ミリーナは、どうしてこんな得体の知れない俺に近づけるのだろう……)
たしかに信頼を勝ち取ろうと立ち回った事実はあるが、それにしても、嘘がわかるならなるべく近づかないようにするはずだ。
それに、信頼を得られたのは嬉しいことなのかもしれないが、それ以上に心苦しさが積もるのはなぜなのだろうか——
エクトルの悩む顔を見て、ロイドは苦笑する。
「あんたはほんと頭でっかちだねぇ」
「え?」
「学がありすぎるっていうのも考えものさ。いちいち細かいことを気にして先のことばかり考えたって仕方がねぇと俺ぁ思うね」
「細かいこと……」
「ま、なるようにしかならねぇってことさ。世の中はそういう風にできてるんだって、学のねぇ俺でもわかるよ」
エクトルには、だからミリーナを受け入れろといっているように聞こえた。
「なるようにしかならない、か……」
「そうさ。気に入ったら気に入った、気に入らなかったら気に入らないで、それで終わらせておけばいい。だいいち、まだ知り合ったばかりなんだから、呑気にやっていけばいいのよ。あんたはいちいち頭で考えている。それじゃあ物事は前に進まねぇ。たまには、思ったままにやればいいだけの話よ」
そういってロイドは雑草を積んだ荷車を引いて行ってしまった。
「思ったままにっていわれてもなぁ……」
一人つぶやいたあと、エクトルは急に真面目な顔になった。
(知り合ったばかりだから……いや、わかりすぎている……)
最初に会ったときから、その違和感がどうしても拭えない。彼女はまるで見てきたかのようになんでも言い当てる。
なんでもは、さすがにいい過ぎか。どちらかといえば勘づかれているに近い。そこに彼女のよく回る頭が加わって、恐ろしく鋭い推察を事実かのように語っているだけなのかもしれない。
(まさか、精霊が関係しているのか……?)
いや、とエクトルは首を横に振って、再び農作業に没頭しようとした。
ただ——
ふと、今朝ミリーナが浮かべた悲しそうな顔が頭をよぎった。
精霊うんぬんのことはともかくとして、彼女の目を通して見る景色はどんなものなのだろうか。わからなくていいことをわかってしまうのは、本当は辛いことなのではないだろうか。
自然と、彼女の立場になって考えてしまったあとで、エクトルはなんだか急に恥ずかしくなってしまった。
そうして、村に越してきて三日目の朝。
ミリーナにいわれたのもあって、エクトルは日の出前に起きた。彼女が来るのを待ったが、その日はいよいよ現れなかった。
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