第8話 親切な村人たち
村の東にやってくると、エクトルたちはさっそくロイドのところを訪れた。家が何軒か点在していて、その周りには広い畑が広がっていた。
ロイドは豆の世話をしている最中で、ミリーナが声をかけると「よっこいせ」と曲がった腰をしゃんと伸ばした。
ミリーナに紹介されるかたちでエクトルは軽くあいさつを済ませ、家と仕事の件を訊ねる。ロイドはエクトルを疑うこともなく、ニコニコと穏やかな笑みで聞いていた。四十半ばにしてはだいぶ若く見える。
「へぇ、物書きねぇ……ま、畑を手伝ってくれるならどのみち大歓迎さ。近くに空き家がいくつかあるから、いちばんいいところをあんたに教えるよ」
「助かります」
「いいって。最近じゃ若い連中が来ないから困ってたところなんだ。——向こうの芋畑があるだろ? そこを一緒に手伝ってくれりゃあいい」
エクトルはギョッとした。目前に広がる広大な芋畑は、一人でやるにもさすがに骨が折れる。ある程度予想はしていたが、ここから先は途方もないと思い知らされた。
驚くエクトルの様子を見て、ロイドはがはははと大声で笑う。
「これから大変なのは収穫だよ。そんときは隣村から人も来るし、全部が全部一人でやるってわけじゃないし、安心しな」
「はぁ……」
「仕事は明日からだ。ま、最初は俺のあとについて、やり方を教えるよ。そっから収穫時期までは大変だが、なんにせよ力仕事だ。覚悟しといてくれ」
「わかりました……」
エクトルの様子を見ていたミリーナは可笑しそうに笑っていた。
そのあとロイドの息子二人に案内され、エクトルはいちばんいいと言っていた空き家へ向かった。ロイドの上の息子の名前はロウファ、弟の名前はロベールという。十二と十だが、王都の子に比べると太くたくましい。
「エクトル兄ちゃんは王都の出身なんだろ?」
と、兄のロウファが言った。
「いいなぁ、俺も王都に行きたいなぁ」
「どうしてそう思うんだい?」
「王都は楽しいものがいっぱいあるんだろ? 毎日毎日畑仕事ばっかりだし、村を出て独り立ちしたんだ」
「それ、ロイドさんが聞いたら悲しむんじゃないかな?」
ロウファは「うっ」ときまりが悪そうに呻いた。どうやら父親には頭が上がらないらしい。お喋りな兄に対し、弟のロベールは人見知りするのか、ずっとミリーナの影に隠れていた。
「ロベールもそうなの?」
と、エクトルは気をきかせて訊ねた。
「僕は、お母さんとお父さんと離れるのはやだな」
「ロベールは親思いなんだね?」
「うん……」
ロベールはまたミリーナの影に隠れたが、少しばかり表情が明るくなったのをエクトルは見逃さなかった。
「エクトル兄ちゃん、着いたよ」
「へぇ、なかなかいい家じゃないか」
そこはレンガ造りの家で、外観は多少は古いが、住心地が良さそうな感じがした。
中に入ると、前の住民が住んでいたままのように家具が置いてあった。多少のホコリはやむを得ないが、少し手入れすれば住むには十分すぎるほどで、必要なものだけマーゴの道具屋で用意すれば良さそうだ。
「親父が雨漏りするから気をつけなって」
「わかった、ふさいでおくよ」
「じゃあ、俺とロベールは帰るから」
「あ、ちょっと待った——」
エクトルは息子二人を引き止めて、彼らの手に銅貨を三枚ずつ渡した。
「ここまで案内してもらったお礼。ロイドさんには内緒だぞ?」
「わかった! エクトル兄ちゃん、またな!」
「ありがとう!」
転んで落とさないかエクトルは心配しつつ、駆けていく子供たちの背中を見つめた。
「優しいのね?」
ふとミリーナが話しかけた。
「でも、せめて食べ物かな。この村で、ああいうお駄賃をあげる大人はいないわ」
「そういう大人もいるということを学んでおくべきさ。将来的にね」
「あら? だったら、ここまで案内した私にはなにもないの?」
と、ミリーナが右手を差し出してくる。
「……君は成人してるじゃないか」
「ちぇ……女には優しくないのね? でも、そういうところがあなたのいいところなのかも」
冗談っぽくそう言って、ミリーナは窓を開けた。建付けが悪いのか、油をさしていないせいで、窓がギギッと音を立てて開く。すると風が舞い込み、開いた玄関先に吹き抜ける。
「風の精霊さんがお掃除を手伝ってくれるみたい」
「ありがたいが、掃除は自分でするよ」
「なら私も手伝ってあげるわ」
「駄賃は出ないぞ?」
「いいの。私は成人しているし、風の精霊さんが手伝ってあげっていうから」
エクトルはやれやれと思った。
それからミリーナは部屋の掃除を嫌がりもせずに手伝い始めた。エクトルとしては、もうここまでの案内で十分だと思ったが、厚かましく、彼女の親切に甘えておくことにした。
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