第7話 漠然とした不安

「精霊はね、私たちの身の回りにたっくさんいるの。いつもささやきかけてくれるのよ」


 村長に紹介されたロイドのところに向かいながら、ミリーナは嬉しそうに語り始めた。

 真偽はどうあれ、ミリーナはさもそれっぽいことを言う。エクトルは半信半疑、その言葉に耳を傾けていた。


「なにをささやくんだい?」

「いろいろ、たくさん。だから、なにをじゃなくて、なにかを」

「なにかを、か……でも、君は精霊の声を聞いてあの花畑をつくったんだろ? だったら、なにかが聞こえないといけないんじゃないのか?」


 エクトルは、嘘を問い詰めるようなわけでもなく、単純に訊ねた。


「私自身不思議なの。彼らがなにをささやいているのかはわからない。でも、そうしなさいと内なる声が聞こえてきた気がして、それが目的にすり替わるの」

「ふむ……それで、目的を達成したあとはどうなるんだい?」

「どうにもならない。でも、彼らの声が優しくなる」


 ミリーナの言っていることはちんぷんかんぷんだが、一つわかるのは、精霊の声には種類があるということだ。


「優しくないときもあるの? たとえば、怒っていたり、悲しんでいたり、お腹が減っていたり……」


 ミリーナはクスッと笑った。


「お腹が減って苦しいというのは聞いたことはないわ。でも、人と同じように感情はある。悲しいことがあれば悲しくささやくし、怒っていれば怒ったようにささやく。そういうものよ」

「そういうものか……」


 なんにせよ、なにかの役に立っているわけでもなさそうだ。そこらじゅうにいて、ミリーナに気持ちを伝える。するとミリーナはそれに反応して、彼らのしたいことをするらしい。

 目的がすり替わるというのは、たぶんそういうことだ。

 ミリーナの退屈な日常を、彼らが暇つぶしに付き合ってくれているというわけだ。

 すると、ミリーナはエクトルの前に急に駆け出し、クルッと振り返って、あどけない笑顔を浮かべた。


「ねえ、あの小川まで競争しない? 私、こう見えて足が速いの」

「あ、ちょっ……おい!」


 いきなり駆け出す彼女の背中を追いながら、エクトルは思った。


(魔法の才があるから、あながち嘘とも言えない……でも、まるで真実を語っている……)


 信じるかどうかはべつとして、あどけなく笑う彼女の顔を見ながら、またこう思った。


(しかし……この、漠然とした不安はなんだろう……)


 なにか虫の知らせのようなものを感じたが、エクトルは気のせいだと思い直して、ミリーナの背中を追い続けた。

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