06.バレたら、嫌われちゃうかもね?

 エクトルとミリーナは、村長の家を後にした。


 空き家と仕事——村長の紹介で、どちらも一度に手に入れた。仕事といっても畑の手伝いをして食べ物を分けてもらうだけの単純なもの。明日、紹介された農夫の家に行くとして、今日はこれから向かう新しいねぐらで夜を過ごすことになる。


 ——と。


 道案内をするミリーナの足取りはどこか重く、その表情には不機嫌さが滲んでいる。

 エクトルはそれに気づき、ふと首を傾げた。


「どうしてそんな顔をしているんだ?」


 わけがわからずに問いかけるエクトルに、ミリーナはぷいっと頬を膨らませる。その小さな反抗的な仕草に、エクトルは肩をすくめた。


「だって、ひどいこと言ってたじゃない……『普通じゃない気がする』って……」


 彼女の言葉に、エクトルは思わず立ち止まった。


「……聞こえていたのか?」


 彼の問いに、ミリーナは一瞬だけ視線を外したが、その瞳には楽しげな色が浮かんでいる。口元には小さな笑みが広がり、まるでエクトルを試すかのように、肩をすくめてみせた。


「聞こえちゃったんだもの、仕方ないでしょ?」


 その返答にはどこか含みがあり、彼女が見せた笑みは挑発的だった。

 エクトルは微かに眉をひそめた。


(ありえない……)


 距離もあり、壁も厚かった——つまり、村長との会話が外に漏れるはずはない。そう確信していたのに、彼女の言葉がその常識を崩していく。


「……聞こえるはずがないだろう。あの距離と壁の厚さを考えれば……」


 その疑問を感じる彼の声は、かすかに冷たさを帯びていたが、ミリーナは一向に気にする様子もなく、前を向いたまま歩き続けた。その小さな背中には、なにか計り知れない力が潜んでいるかのようにも見える。


 ミリーナは、ふと立ち止まって振り返ると、意地悪そうに微笑んだ。どこか挑むようなその笑みには、エクトルの心の奥深くを見透かすかのような鋭さが宿っている。


「まあ、どうやって聞いたかなんて、大したことじゃないわ」

「しかし……」

「私、こう見えて耳がいいの。エルフみたいにね? まだ一度も会ったことはないけど、彼らは耳がいいのよね? とんがり耳じゃないけど、私もね」


 彼女は軽く肩をすくめて続けた。


「それより、本当にこの村に馴染むつもり? またいつか、旅に出ちゃうの?」


 その問いに、エクトルはしばし答えを探るように、遠くを見つめた。

 やがて小さく肩をすくめ、淡々とした口調で答える。


「馴染むかどうかはわからない。ただ、しばらくはここにいるつもりだ。村の人たちとも……まあ、うまくやっていくさ」


 言葉には自信があったが、ふとした瞬間に見えた小さな影が、彼の胸の奥にわずかな不安を忍ばせていることを、彼自身も気づいていた。


 ミリーナは、そのわずかな隙間を見逃さず、からかうように小さく笑った。


「そう……まあ、気をつけてね。この村の人たちは、みんな優しいけど……」


 ミリーナは言葉を切り、一瞬だけ視線を伏せた。

 柔らかな風が吹き抜け、彼女の髪がふわりと宙に舞う。そして彼女はゆっくりと顔を上げ、まるでなにかを予見するかのように微笑む。




「——人はみんな、秘密を抱えているもの……バレたら、嫌われちゃうかもね?」




 軽い調子の言葉だったが、その裏には深い意味が潜んでいるようだった。

 エクトルの胸にひやりとしたものが走る。ミリーナの目が、まるで真実を映し出す鏡のように、淡く光ったように見えた。

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