第3話 昼日中の散歩
「私、お散歩が好きなの。晴れた日も好きだけど、雨の日の土の匂いも好き。あなたはどう、エクトル?」
エクトルの前を歩くミリーナが踊るように歩いている。その無邪気な背中を見ながら歩いていたエクトルは、若干の気疲れを起こしていた。
それにしても、このミリーナという女は年相応とはいえない。幼さが抜けきれていないのか、美しい見た目に反して、落ち着きがないのだ。
よくいえば明るくて
(変わった女……いや、不思議な女か……)
エクトルは、ミリーナとどう話したらいいのかわからずにいた。この手の人間に会ったのは初めてのことだったし、マーゴの顔も立てなければいけない。この村に住み着くのだから、うまくやり過ごさないといけないな、とも思う。
ただ、年端も行かぬ少女に、思うがまま振る舞われるのも釈然としない。エクトルはプライドが高いほうではないが、
「日によるな。夏の晴れた日は出歩きたくないし、雨の激しい日は家ですごしたい」
と、わざと質問をずらすようにずる賢くいった。するとミリーナはクスクスと可笑しそうに笑った。
「どうして笑うのさ?」
「だって可愛いんだもの」
「可愛い?」
「私、男性のそういうところ、好きよ?」
「そういうところとは?」
「女には負けたくない。だから、気取った言葉で飾って、自分を優位に見せたがる。もしかして、負けず嫌いなの?」
エクトルはそうなのかなと素直に思った。
「あまり意識したことはなかったが、気を悪くさせたならすまない」
「ううん、こっちも可愛いっていってごめんなさい。でも、悪い意味ではないから安心して? 自分に誇りを持たない男よりはマシだもの」
「褒めているつもりかい?」
「ううん、ただそう思っただけ」
「俺はそれほど誇り高い人間ではないよ……——」
そういったエクトルの表情は、影を引きずっているようだった。陰鬱な性格というよりは、過去のあやまちが少しだけ表面に現れたのだろう。
そう見せないために、エクトルはなるべく微笑みを絶やさないようにしていたのに、ミリーナのからかうようないい方が、つい彼を本気にさせてしまった。
「——あ、いや……」
気づけばミリーナは真顔になっていた。エクトルはしまったと思いながら、慌てて笑顔をつくった。
「すまない、昔からこういう性格なんだ」
「こういう性格って?」
「話し下手を誤魔化すために、ちょっと気取ってしまうんだ。そうして自己嫌悪になる。あとで後悔してしまう損な性格なんだよ」
エクトルが苦笑いでそういうと、ミリーナは「ふぅん」といった。
「今の、私は損な性格だとは思わない」
「そうかな?」
「ええ。優しい人の特徴だもの」
ミリーナのプラチナブロンドの髪がふわりと風に舞った。横髪を抑えたミリーナの表情に優しさの色が浮かんでいた。
「おもしろい人ね、エクトル。ますます気に入ったわ」
「そりゃどうも」
すっかりミリーナのほうが大人のような態度だった。年端もいかぬ少女に対し、ついむきになってしまったのだと、エクトルは反省した。
「あ……そうだわ!」
ミリーナはなにか思いついて、いきなりエクトルの手を取った。その柔らかな手の感触に、エクトルは思わずドキッとしてしまったが、照れたというよりは周りが気になったというだけだった。
たとえ特別な関係でも、王都では男女は手をつながない。幼さの象徴的なもので、いい歳をした男と女の振る舞いではないからと
いなかだから通用するのかもしれないが、しかし——子供の気分を味わうような、そういう羞恥がエクトルの中でこみ上げた。
「エクトル、向こうにきれいなお花畑があるの!」
「は、花畑……?」
「そう! 私のとっておきの場所。あなたもきっと気に入るだろうし、行きましょう!」
「え? 村長の家に向かうんじゃないのかい?」
するとミリーナはふと空を見上げ、つないでいない手のほうの人差し指を口元にあてた。
「村長さんは昼寝中か……。もう少ししたら起きると思うから、それまでのあいだ、ね?」
エクトルは引かれた手を見ながら思う。
(見てもいないのによくいえるな……)
——しかし、どうしてだろうか。
エクトルはなぜか、今ミリーナがいったことが本当のような気がしてならなかった。
そもそもミリーナは嘘をつくのだろうか。これまでの短い会話のなかでは、彼女は悠長に王都言葉を話すものの、そこに嘘を見出すことはできなかった。当てずっぽうというわけでもなく、今のは単に村長のいつもの行動を思い出していったに過ぎないのかもしれない。
(ま、彼女のいうとおり、村長さんは昼寝をしている時間なんだろう……)
エクトルはそう思い直し、ミリーナのしたいようにさせることにした。
それにしても不思議な女だ。話し方も、立ち居振る舞いも、今まで見てきた女とは違う。たしかに頭はいいようだし、言葉も巧みだ。
少し警戒しなければなと、エクトルは今一度身を引き締めた。
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