第2話

 再び瞼を開こうと世界は闇に満ちていた。夢の世界から脱け出せないまま、この遊びに付き合ってやるかと下ろした右手が箱に当たる。乾いた蓋から漏れる中身は一個の宝石を表現し、頭上の反響音への忠誠を誓うことにした。やはり記憶に誤りは無くこのお化け屋敷でも自分以外の人間は存在する。しかし仲間は何処に行ったのだろう。はっきりとは覚えていないが、何かの思い付きでこの屋敷に至り探索中に皆の行方が眩んだように思う。暗闇で心象風景の明度を上げながら、まずは次の宝石を求めて室内を彷徨う。


 宝石のあった机はデスクワーカーに不便を齎す程には狭く、右手に移動すると荷物の詰まった棚が隣り合う。何の変哲も無い感触を確かめる内に肋骨の溝に角張った物が差し込まれ、痛い痛いと回り込めば横に長いテーブルと平たいブロックが三台積まれていた。手元には煉瓦造りを思わせる凹凸の網目があり、これらはモニターとキーボードを設置した作業机であることが示唆された。机の縁をなぞればやがて冷たい壁に到達し、その先の一角からは僅かに光を感じるが、見つけた扉を押すにも引こうにも反応が無いので諦めた。

 扉の横は行き止まりとなり、九十度回転して前へ進むと段ボールらしき箱の数々が集積されていた。隙間が閾値を超えるまで六個分、厚さにして凡そ二個分、高さは少なからず背丈を越える巨魁が聳え立ち、倒さないよう慎重に境界を見定める。しかし腕の入り込む隙間は少なくあったとしても虚空を掴むに留まり期待は外れる。そこから進むと今度は木製ラックに収まる段ボールが整然と無際限に並び、完走間際のランナーのように手を出して駆けてみた。すると突き出した脛骨に無機的な暴力が震動し、痛い痛い痛いと反省を深めればそれはラックの上層を狙う為の脚立であることが分かった。

 逸る気持ちを抑えながらラックの始点に舞い戻り、大中小ある箱の中身を脚立と共に解き明かそうとする。大抵はガムテープとの結束を強くするが中にはぼろの布切れ、服、書類、陶器、工具等の日用品が顔を出し、特に資料価値の高そうな質感には何が記されているのか気になる。パソコンの存在や資材の状態からしてこの場所の利用頻度はそれなりにあり、一家の宝物庫あるいは物流倉庫に当たるのではないか思った。不法侵入を疑われた際には先程のアナウンスを言い訳に利用し、何者かに襲われた際には脚立を振り回して撲殺しようと準備する。壁一面を探り終えても目立ったアイテムは割り出せず、残り二面の壁にも同様の段ボールマンションが建立するので一つ一つ中身を確かめた。そうすると扉と平行な短辺ラックから一つの鍵を、脚立とは反対に位置した長辺ラックから別の鍵を探り当て、これは何かに使えるかもしれないと思い保持する。

 外周の状況は凡そ理解したので、内側のレイアウトを押さえに向かうとパソコンから少し離れた所に学生の試験勉強に適した大きな机を発見し、不勉強な自分はそれを素通りに奥の方へと向かう。亡霊のように手を伸ばした物体は左右の壁と同じ所帯を迎え、異なる点はそれがアパート程度の規模であること、その代わり二行三列の区画に分かれて荷物を収納していた。単調な作業に飽きてきたが念の為箱の中身を確認すれば、また四つの異なる鍵を入手することが出来た。肝心の鍵の矛先や宝石の手掛かりが不明なので、どうしたものかと思えば初めの机の横に広い突起物を確かめた。蝋を塗すように腕を伸ばせばそれが階段だと判明し、反対側も確かめるが下りへの兆候は見られない。取り敢えず先を目指すしかないと決心し、転ばないよう一段ずつ上った。

 階段を上り切って五歩も歩けば壁に当たり、三階への足掛かりは霧散する。例の如く壁の横には一階と同じようなラックが立ち並ぶが、これまでより配置に粗が見られ足元に段差の罠が充満する。そしてラックの頂点は脚立を使わずとも届く程には身近にあり、部屋の外周も比較的短いように感じた。何か目ぼしい物は無いかと盗賊気分を味わう中、向かい側の長辺から異臭が漂うのを察した。消極的ながら手繰り寄せた発酵の元は今まで手に触れたような装束……の下に繊維質ではない素材の温もりを感じ、類縁関係にありそうな宝石は結局姿を現すこと無く、親友の轢死体を口に含んだような、酷く憂鬱な臭気を醸し出すだけだった。その他の箱にも類似の内容物は散見され、果たしてこの場を倉庫と呼ぶべきか否か疑問を浮かべて障害物を蹴る。

 蹴った先からは金物の揺れる音が聴こえ、何だろうかと内側に寄れば小さな机の上に宝箱が鎮座していた。期待に胸が高鳴り、これまで集めた鍵を挿入するが解錠は果たさず、冷静になろうと徘徊する周りには同様のセットが六台存在し、試行錯誤する内にその全てが暴露される。しかし箱の中身は政治家の答弁のような虚無感を伝え、残った箱に込めた一縷の望みは鍵の探求というミッションを与えた。

 触れた所ではこの階はあまり複雑な構造をしていないが、裏口でもあるのかと獲物を狙う鼠のように嗅覚を研ぎ澄ませる。ふと階段直後のラックの荷を下ろすと、そこだけ壁が無いことに気付いた。外周の穴に身体を潜らせてその意義を探ると、見目好く外壁を取り囲む極小の通路が奥へと続いていた。所々で書類や本に邪魔をされながら進む中、降ってきた鋭利な物が誰かの腕を傷付ける。そんなことには構わず四回目の曲がり角の段差を越えた先に金属の忘れ物を拾った。

 それは正に求めていた最後の鍵であり、荷物を越えて机上の本命に挿すと御姫様の秘密が露わとなる。脈々と溢れる体温は神秘性を象徴しており、これこそが宝石に違いない。私はそれを夢から醒めても仲間に見せてあげたいと思った。この腕から漏れる意識や箱に籠められた命の腐敗はとても現実の物とは思えないから。さぁ、残りは何処にあるのだろうか。

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