6 婚約者に見られたい
月乃さんが酔い潰れた次の日の夜。謝罪の電話をかけてきた月乃さんは、薄情にも何も覚えていなかった。
仕方なく、誕生祝いにあしかを観に行きましょうという話をしたと言ったら、食いついてきた。
『あしか……観たい……』
「じゃあ、決まりですね。次の休み、空けておいてください」
僕はネットで、あしかが観られる水族館を探し始めた。
♦ ♦ ♦
水族館へ行く日。月乃さんはすごくお洒落して来てくれた。お化粧が似合っている。僕のプレゼントした、クロスのネックレスもつけていた。僕の為にお化粧して、ネックレスもつけて来てくれて、とても嬉しかった。
行きの特急電車の中で、ポーカー勝負をした。
「……ツーペア」
「僕はフルハウスです」
「わーん、私もフルハウス狙いだったのに! もう一回勝負して!」
五歳年上なのに、意外に子どもっぽい。可愛い。
「征士くん、強いわね……」
「月乃さんが顔に出すぎなんです」
僕はポーカーに全勝した。月乃さんは文字通り、ポーカーフェイスが出来ない。
今度はブラックジャック勝負だと言っていた。負けず嫌いで、子どもっぽいなあと思った。きっと、ブラックジャックも僕が勝てるだろう。
水族館を月乃さんと回るのは楽しかった。ペンギンを夢中で観ている月乃さんの手を引き、あしかショーの場所まで行った。
手を引いていると、月乃さんが恥ずかしがった。
「あの……手、繋がなくても、はぐれないから」
「僕が繋ぎたいんです」
「でも、何だか恥ずかしいし……」
こんなに堂々と、手を繋げるチャンスはあまりない。僕は意地悪く笑ってみた。
「何言っているんですか。この間はおぶったりしたし、タクシーの中では僕に思いきり寄りかかってきたし。髪の毛もほっぺも触っても何も文句言わなかった人が、手くらいで恥ずかしがらないでください」
「な……何ですって?!」
何も覚えていない月乃さんも、可愛い。
「何、それ……まさか本当の話じゃないでしょう? 冗談よね?」
「冗談なんかじゃありませんよ。あのときの月乃さんは可愛かったなあ」
そのまま手を恋人繋ぎにしてみた。どさくさ紛れだけど。本当に酔っていた月乃さんは素直で、たくさん触っても文句ひとつ言わなかった。
「やだ、これ離して」
「嫌です。ほら、もう着きましたよ」
あしかショーを観てから、あしかとの撮影タイム。
機嫌を直した月乃さんは、楽しそうにあしかと写真を撮っていた。僕もデジカメで撮ってあげた。
「あー、楽しかった。ねえ、デジカメ見せて」
「本当にあしかが好きなんですねえ。笑顔が満面ですよ」
月乃さんは心底あしかが好きなようだ。僕がネットで調べたとき、離れた県であしかと触れ合いが出来る水族館を見つけたので、その話をした。是非行きたいと言っていた。
月乃さんが作って来てくれた、美味しいお弁当を食べた後、シャチのショーを観ることにした。
「ショーまでまだ時間がありますので、二人分の飲み物を買ってきます。月乃さんは、何が飲みたいですか?」
「ありがとう。オレンジジュースがいいわ」
リクエストを聞いて、飲み物を買いに行く途中、話しかけられた。
「ちょっと、そこのきみ。一人?」
「え? 僕のことですか?」
話しかけてきたのは、僕と同年齢くらいの女の子の二人組だった。
「そう、きみ。ねえ、一人なら私達と一緒に水族館回らない? きみがあんまり格好良いから、話しかけちゃったよ」
僕は戸惑った。しかし、今までも突然に話しかけられた経験がある。皆、僕のことを格好良いと言ってくれる。その気持ちは嬉しいけど。
「すみません。僕、あそこに座ってる女の人とデート中なんです。ごめんなさい」
月乃さんを指差しながら言ってしまった。婚約者同士、遊びに来ているのはデートと言っても構わないだろう。月乃さんは恥ずかしがるかもしれないけれど、僕は思い切って「デート」発言をしてしまった。
「なあんだ。やっぱり女連れなの。それだけ格好良いものね。じゃあね」
女の子達は行ってしまった。僕は再び飲み物を買いに行った。
飲み物を買ってきて、月乃さんへ渡す。少ししてから、ショーが始まった。
シャチが跳ねて水飛沫が顔にかかった月乃さんは、化粧直しをしてくると言った。
化粧直しにしてはあまりにも遅いので、心配して待っていると、化粧を全部落とした月乃さんが青褪めて出てきた。
気分が悪いから帰ると言うので、ものすごく心配した。さっきまでとても明るく元気だったのに、突然どうしたんだろう。
そんなとき、声をかけられた。
「どうしたの? 気持ち悪いの? 救護室とかに行く?」
誰? 若い男女の二人連れだ。
「いえ、そこまでは……。もう帰ろうかと思っているんです」
「そうなの。おうちまでしっかり帰れそう? 弟さんにきちんと面倒見てもらいなさいね」
弟? 僕が弟に見えるわけ?
「ちゃんと男の子として、お姉さんを送ってあげなさいね。電車で具合悪くなったら駅員さんを呼ぶのよ」
僕はむかついた。姉弟なんかじゃないのに。婚約者なのに。
「彼女は姉じゃなくて、僕は弟でもありません。婚約者です。婚約者として、しっかり家まで送っていきます」
「え……そうなの?」
「そうです。御心配おかけして申し訳ありませんでした。では、失礼します」
僕は月乃さんの肩に腕を回して、親密さを見せつけるように立ち去った。
「あの人達、誰ですか?」
僕達は姉弟なんかじゃない。僕はこんなにも、月乃さんが好きだ。
「行きの特急の中で隣だった人達よ。征士くんがお手洗いに行っているときに、お話したの」
「何で姉弟って思っているんですか。僕達は婚約者でしょう? どうして訂正しなかったんです?」
「どうしてって……。行きずりだったし、別に触れ回るようなことでもないでしょう。実際私の方が年上だし、姉弟に見えた方が自然だったんじゃないかしら」
「そうだとしても!」
僕は怒っていた。いくら僕が年下だからといっても、姉弟に思われるのは嫌に決まっている。
「いくら僕が子どもっぽいからって、姉弟に見られるのは絶対嫌です。月乃さんもちゃんと誤解を解いてください」
「子どもっぽくなんかないわよ。私が征士くんより年増だから……」
「年増?! 年増って何です、その表現! いくら月乃さんでも言っていいことと悪いことがあります!」
年増?! 何て表現だ。僕はますます怒ってしまった。
「いいですか? 月乃さんは僕より年上でも、僕にとっては綺麗で可愛くて優しい女性です。今度もし年増だとか姉弟だとか言われたら、速攻否定してください!」
叫んでしまった。
隣で呆然としている月乃さんを見て、少し冷静さを取り戻した。
「すみません。失礼しました。具合は大丈夫ですか?」
「うん。……何か、治ったみたい」
「顔色が戻っていますね。でも一応もう帰りましょう。あしかと撮った写真を買って、お土産にぬいぐるみでも買いましょうか」
月乃さんの顔色を見て安心した。お詫びにあしかのぬいぐるみをプレゼントした。
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