7 完璧に天然で鈍感

 中等部三年の、テニス大会の日が来た。

 僕は部長なので、頑張って率先して勝たなければいけない。

 今年も月乃さんへ、差し入れを頼んでいた。月乃さんの料理は何でも美味しいので非常に楽しみだ。

 大会で色々確認したり、準備したりしていると、月乃さんが来てくれた。

 ショートパンツをはいていて、白い足が眩しい。目のやり場に困る。

 月乃さんは、何故か若竹先輩とともに来ていた。

 二人で連れ立って歩いているのを見たとき、僕はとても動揺してしまった。

 ……連れ立って歩くのに、年齢も、格好も不自然さがない。僕だとどうしても不自然になってしまう。姉弟に間違えられたくらいだ。

 話してみると、差し入れがてら、若竹先輩の弟の応援もしに一緒に来たということだ。ずっと一緒に観戦するらしい。

 僕用に、特別製と言われたキッシュを月乃さんと食べながら、つい口から言葉が滑り落ちた。


「さっき、若竹先輩と差し入れを持って来てくださったとき、何だかお似合いだなあと思いました」

「……へ?」


 月乃さんは、突拍子もないことを聞かされた顔をしている。僕は構わず続けた。


「虹川会長が若竹先輩に婚約話を持っていったら、今頃僕はお払い箱でしょうね」

「え……ちょ、ちょっと待って」

「だって月乃さんは、虹川会長が決めた相手ならば、誰でもいいんでしょう?」

「それは……。そうなんだけど」


 やっぱり、誰でもいいんじゃないか。

 虹川会長に言われたから、僕なんか好きじゃなくても、婚約者なんだ。


「でも今のところ征士くんが嫌がらない限り、婚約話はなくならないと思う……。他に該当者いないし」

「該当者がいないから、今のところ僕、ね……」


 僕は泣きそうになりながら、無理に笑った。他のもっと釣り合うような該当者が出来たら、僕は捨てられるに決まっている。

 その後は、何を月乃さんと話したかもわからないまま、消沈して試合へ向かった。



 試合は、ぼろ負けだった。

 頭の中が真っ白になっていて、2ゲームしか取れなかった。

 月乃さんとお別れすることになったら、どうしよう……。

 タオルを被って泣きそうな顔を隠して、コートの隅に座り込んでいると、隣に月乃さんが来た。

 しきりに僕のことを心配してくれる。

 僕は勢い月乃さんの手首を掴んで、激白した。


「婚約者、誰でもいいんでしょう? 僕じゃなくても」

「……婚約者の話? さっきの?」

「僕よりも条件がいい人がいたら、乗り換えるんでしょう? 例えば、すぐに結婚出来る人とか」


 月乃さんは、ものすごくびっくりしたようだった。

 しかし何かを考えてから、優しい声で話し始めた。


「あのね。婚約が決まるまでは、父が決めた人が絶対だと思っていたわ。でも征士くんに決まって、おしゃべりとか、お出かけとか、テニスとかして婚約者が征士くんで良かったって思ったの」

「…………」


 僕は何も言えない。手首を掴んだままだ。


「おしゃべりしていて楽しい。お出かけしても色々気遣ってくれる。優しいし、格好良いって思っている。テニスも上手だし頭も良くて、私が釣り合わないなあって、呆れられていたらどうしようっていつも考えている。だから」


 そこで言葉を切った。掴んでいない方の手で、僕の手を握りしめてくる。


「もし征士くん以上の資質の人がいても、私は婚約を断る。征士くんが別の人を好きにならない限り、私は征士くんの婚約者でいたい。それじゃ、駄目かしら」


 ……全然駄目じゃない。僕には月乃さんしかいない。月乃さんは僕のことをいっぱい褒めてくれて、他の婚約話を断ると言ってくれた。

 それ以上何が望めるだろうか。

 ――本当は、好きって言ってもらいたいけれど。

 月乃さんに励まされて、ようやく手首を離した。月乃さんは立ち上がって言った。

 格好良い婚約者の、上手なテニスが観たいと。

 今の僕には、それ以上を望むのは贅沢だ。

 頑張って、格好良く見えるようなテニスをして、いつか月乃さんに好きって言ってもらうんだ。

 そう考えて僕は立ち上がって、次の試合へ向かった。



 結果、僕は頑張って、他の部活仲間も頑張り、大会は三年連続で優勝した。皆で祝い合っていると、月乃さんに声をかけられた。


「優勝、おめでとう!」


 僕は、心の底から笑顔になった。


「ありがとうございます! 三年越しで直接おめでとうって言ってもらえました」

「そんな、大したことじゃないわよー」

「いえ、僕にとったら、とても大切なことです!」


 直接祝われて、本当にこれ以上大切なことはない。後は何としてでも、好きと言ってもらうだけだ。

 その前に、この天然で鈍感な月乃さんに、僕から好きって言わないとね。


 ♦ ♦ ♦


 翌年のバレンタインも、月乃さんは僕の家へ来てくれた。

 手作りスコーンをくれた。チョコはたくさんもらっているだろうから、スコーンの中のチョコは少なくしたと言っていた。

 確かにチョコレートはたくさんもらっているけれど、本命からは別格だ。

 僕はチョコが少ない怒りを押し殺して、訊いてみた。


「……僕がたくさんチョコレートをもらっていて、月乃さんは何とも思わないんですか?」

「え? 格好良いからたくさんもらえるんでしょう? お返しが大変そうだと思うわ」


 完璧に、天然だ。

 僕は押し殺していた怒りを少し露わにした。


「そうじゃなくて! 婚約者としてどう思うんですか?」


 そう尋ねると、月乃さんは考え込んだ。

 考え込んだ末に、溜息をついた。


「……婚約者としても、相手に人気があって喜ばしいと思うわ」

「…………」


 誠にもって、天然。鈍感。


「……はあ、そうですか……。何か、僕ばかりが空回りしているような……」


 僕のこの人に対しての気持ち。どうやったら、好意が伝わるだろうか。

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