4 ちょっと天然で鈍感?

 月乃さんが大学へ入学してから、久しぶりに会った。

 手を痛めていた様子なので、心配して理由を尋ねた。


「征士くんが格好良かったから、憧れて……。テニスサークルに入ってみたの」


 それを聞いて思わず僕は、顔が赤くなった気がした。まさか僕が格好良かったからだなんて……。試合に勝って良かった。

 早速ラケットを買って、ちょうど部活休みの中等部のテニスコートで練習しましょう、と誘った。

 基本姿勢から直してあげると、月乃さんは振り返って僕を見た。


「背、伸びたわね……」

「そうですね。成長期なので、伸びないと困ります。その……月乃さんと並んだときに、格好がつかないと言いますか」

「そんな、私のことなんか、気にしなくてもいいのに」


 いや、そこは気にしてくれないと。

 僕はこんなに月乃さんのことが好きなのに、あまり気付いてもらえないようだ。月乃さんは、ちょっと天然かな? っていうかちょっと鈍感かな?

 さらりと僕が「格好良くて憧れて……」なんて言った割に、「私なんか気にしなくていい」? バレンタインも僕がたくさんチョコレートをもらっていても、気にしなかったみたいだし。僕のこと、どう思っているんだろう。


 ♦ ♦ ♦


 また夏のテニス大会が近くなり、去年月乃さんからの差し入れをもらった同輩や先輩が、優勝の為の験担ぎだと、差し入れを頼んできた。

 僕は去年サンドイッチを取られた恨みがあるけれど、仕方なく月乃さんへ、お願いをした。


「二、三年生が、験担ぎだと、どうしてもって頼まれて……」

「別に、構わないわよ。征士くんは、今年も試合に出るの?」

「はい、シングルスで出ます。今年も頑張ります」

「じゃあ、応援しに行くから。頑張ってね」


 気分を悪くした風でもなく、笑顔で了承してくれた。やっぱり皆に優しい。

 テニス大会の日は、大きな重箱を持ってきてくれた。

 風呂敷包みごと深見へ渡す。僕は今度こそ食べ逃すまいと、追いかけようとした。すると月乃さんに、僕のウェアの端を掴まれた。


「待って。これ、征士くんの分」

「え。僕の分?」

「去年食べられなかったでしょう。だから今年は特別製」


 僕は感激した。婚約者だから特別扱いだ。ウェアの端まで掴んで引き止めてくれた。僕も月乃さんが着ている、涼しげなシースルーブラウスを触ってみたい。


「まさか、僕の分もらえるなんて……。月乃さんのお弁当、久しぶりだから、すごく嬉しいです!」

「おむすびだけで、大袈裟よ?」


 僕が美味しい、具沢山の、エビまで入ったおむすびを食べ終わると、深見が空になった重箱を持ってきた。


「あ、瀬戸! お前だけ別の弁当かよ」

「同じおむすびよ。去年食べられなかったから、別箱で渡したの」

「ふーん。まあ、お前の『月乃さん』だものな。今年も美味かったです。ありがとうございました!」


 そうだよ。僕の月乃さんだ。だから特別扱いなんだ。お前達なんかと一緒にするな。わざわざ僕の好物まで入れてくれるんだ。


「僕も美味しかったです。これで勝てる気がします!」

「お弁当の御利益があるか、私も責任重大ね。応援しているから、頑張って!」


 月乃さんは激励してくれて、二階席へ行ってしまった。

 二階の応援席から、応援してくれるらしい。

 ウォーミングアップをしながら、ちらちら月乃さんを見ていると、知らない男の人と楽しそうにしゃべっていた。とても仲が良さそうだ。

 ……誰だろう。男の人は、月乃さんと歳が釣り合っている気がする。

 そんなことを考えながら、それでも僕はシングルスの試合に6-0で勝った。

 勝った後、月乃さんを見上げる。月乃さんは男の人に両肩を触られていた。ちょっと月乃さんは困った顔をした後、男の人と握手していた。

 ……むかつく。月乃さんに触っていい男なんて、婚約者の僕だけだ。

 試合に優勝して家に帰った後、何て話したらいいのか悩みながら、月乃さんへ電話をかけた。


『試合、観たわよ! 勝てて、おめでとう』

「ありがとうございます。おかげさまで、今年も優勝出来ました」


 まだ何て言っていいのか、悩みながら話す。若干声色に迷いが出ている気がする。


『優勝したのね。お疲れ様。たくさん試合したんじゃない?』

「いえ、大丈夫です。月乃さんのお弁当のおかげだって、皆喜んでいました。今年も差し入れ、本当に感謝しています」

『とんでもないわ。テニス部の実力よ。皆にもおめでとうって伝えてね』


 月乃さんは皆に優しいなあ。それに謙虚だ。


『わざわざ、お礼の電話、ありがとね。じゃ……』

「あ、あの……」


 電話を切られそうになったので、慌てて言葉を挟んだ。


「……えっと、あの」

『?』

「……今日、一緒に試合を観ていた方は、どなたですか?」


 精一杯の気持ちで訊いてみた。あの男の人は誰なのか。試合中から、気になってしょうがなかった。


『ああ、見えていたのね。たまたま同じサークルの同期の男の子と会ったの。若竹くんっていうんだけど、一年生に弟さんがいるんですって』

「若竹……? ああ、新入部員の……」


 少し納得した。若竹という後輩がいる。今日、ダブルスに一試合出ていた。

 今度は月乃さんが、僕に訊いてきた。


『あの、あのね。無理なお願いだって思うんだけどね。出来たら若竹くんが、征士くんと試合をしたいって言うんだけど……。あ、勿論断ってくれて構わないからね?』


 僕は少し黙った。若竹先輩という人は、月乃さんに触っていた。ここは試合をして、何とか勝って、ちょっと復讐めいたことをしたい。


「いいですよ。大学まで行きましょうか」

『え、いいの?』

「はい。日時や場所が決まったら、教えてください」


 僕は何としてでも若竹先輩に勝てるよう、決意を固めた。

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