3 優しい貴女へプレゼント
月乃さんは、いつも僕に優しい。
僕だけじゃなく、テニス部皆に差し入れをしたり、他の人へも思いやりがある。
「征士くんは、すごく優しいわね。話を聞いていると、他のクラスメイトや部活友達にも優しくしているようだし。五歳も年上の私の話も聞いてくれるしね。『源氏物語』や『枕草子』の話なんて、男の子の征士くんにはつまらないでしょう。『源氏物語』なんて、光源氏の恋物語なのに」
「源氏の君の、藤壺の宮への初恋の情熱には、頭が下がります。藤壺の宮への想いの為に、若紫を育てるなんて……」
優しい月乃さんを見習って、僕も周囲に優しくしてみただけだ。それに光源氏はたくさん恋をするけれど、紫の上への想いは僕にも共感出来る。
恋物語に憧れる月乃さんが可愛らしくて、僕はますます月乃さんのことが好きになっていった。
月乃さんに『優しい』と言ってもらえて、僕は嬉しい。
僕はバレンタインに何故かいっぱいチョコレートをもらったけれど、頑張って全員にお返しした。
勿論一番嬉しかったのは、月乃さんからのチョコチップクッキーだったけど。
月乃さんへのお返しは何にしよう。
後、月乃さんはもうすぐ高等部卒業だし、大学進学のお祝いもしたい。一年間お弁当を作ってもらった、お礼もしたい。
僕はお年玉やお小遣いを貯めながら考えた。
ある日。ふと教会の前を通ったときに、優しそうで綺麗なシスターを見かけた。
「シスター……。十字架!」
そうだ、十字架のアクセサリーなんてどうだろう。
シスターをよく見てみると、クロスのネックレスをしていた。
決めた! 十字架のネックレスにしよう。
貯めたお金を持って、勇気を出して、アクセサリーショップへ行った。
「どのような品をお探しですか?」
店員に訊かれたので答えた。
「あの……。十字架のネックレスを探しているんです。予算はこれくらいで……」
「では、こちらの品はいかがでしょう?」
差し出されたのは、シルバーとゴールドの二つのクロスが絡まっているネックレスだった。シルバーのクロスにはピンクゴールドの石が飾ってあった。
とても可愛い。だけど、ちょっと予算オーバーだ。でも……月乃さんに似合いそう。僕は財布を取り出して、入っている金額を確かめた。
……うん。取り敢えず、手持ちのお金で何とかなる。後は来月から節約しよう。
「じゃあ……。これにします。プレゼント用にしてください」
「ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
包んでもらって、お店を出た。
♦ ♦ ♦
「征士くん。もうすぐ一緒に登校出来なくなるなんて寂しいわ。大学へ入ったらあまり会えなくなるし。中等部のことや、テニスのこと、もっと聞きたかったわ」
「僕も寂しくて仕方ありません。でも、月乃さんがこの間してくれたお能のお話、面白かったです。能楽って静かなイメージがあったんですけど『道成寺』って大きい鐘を落とすんですね」
「そこが見どころのひとつよ。でも、お能は難しいわ。世阿弥の『清経』なんて、半分も理解出来なかったわ」
『清経』は清経の死後、せめて夢で会えたらと願う清経の妻の夢枕に、清経の霊が鎧姿で現れたという話だ。
夫婦が想い合っているのがわかる。僕も月乃さんと想い合いたい。
僕は月乃さんのことが、大好きになっていた。
♦ ♦ ♦
最後のお弁当を渡された日。
「一年ってあっという間ですね……」
「そうね。一緒に登校出来て、楽しかったわ」
本当にあっという間で、大好きな月乃さんと登校出来て楽しかった。
月乃さんは、希望していた大学の文学部へ入学出来るらしい。
不意に、月乃さんが思い出したように言った。
「バレンタインデーはすごい騒ぎだったそうね」
「言わないでください……」
何故か同級生はおろか、先輩達までたくさんのチョコレートをくれた。皆、僕のことを格好良いと褒めてくれた。好きとも言われた。僕は月乃さんに、好きって言われたい。
「いいじゃない、人気があって。女の子には、特に優しくするといいと思うわ」
僕が優しくしたいのは、本当は月乃さんだけだ。
少しむっとしながら答える。
「……ホワイトデーのお返しが大変だったんです」
「ん? そう言えば私は何ももらってないわね」
そう言われたので、用意していた紙袋を差し出した。
「これがお返し?」
「お返しの意味もありますけど……。一年間お弁当を作ってもらった感謝の気持ちとか、希望の学部の合格おめでとうございますとか、色々ひっくるめて。お年玉やお小遣い貯めて買ったんですけど……月乃さんにとっては安物なんじゃないかと心配で」
月乃さんはお嬢様だから、僕にとっては値段が高くても、安物と思われるかもしれない。少し心配しながら渡す。
「ね、開けてもいい?」
「はい」
僕はどきどきして反応を待った。
「わあ、すごく可愛い! ありがとう。高かったでしょ?」
やった! 喜んでくれた。金額無理して良かった。
「値段は気にしないでください。クロスのネックレスが月乃さんに似合う気がして」
「十字架が? どうして?」
僕はちょっと、視線を逸らせた。多少顔が熱い。光源氏や清経の気持ちが、少しわかるような気がした。
「……月乃さんは、いつも優しいから」
本当に、いつも優しい。あの優しそうで綺麗なシスターみたいだ。
「大切にするわね」
そう言われて、すごく嬉しかった。
いつかネックレスしている姿を見たい。
♦ ♦ ♦
高等部の卒業式には、友達の深見と、テニス部部長だった藤原先輩と一緒に、花束を持ってお祝いに行った。
夏のテニス大会は優勝したので、差し入れに来てくれた月乃さんへ、テニス部皆でお礼の大きな花束を買った。
月乃さんはとても喜んでくれた。ついでに深見が気を利かせて、僕と月乃さんの二人の写真を撮ってくれた。何だかんだ、いい奴だ。
当然写真は、ねだった。これからあまり会えなくなるのだ。
写真をもらったら、パスケースに入れて大切にしよう。
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