3 企み

 それから具体的に、瀬戸くんが婚約者と別れる方法を、考えて決め始めた。

 まずは瀬戸くんを人目のない場所へ連れて行って、誰かにキスしているみたいに見える写真を撮影してもらう。

 その写真をパソコンでプリントアウトして大学の婚約者に届ける。

 止めに婚約者に電話をかけて、瀬戸くんと別れてくださいって、お願いしてみよう。写真を見たら、考えてくれる可能性が高いはずだ。

 美苑大学付属内の名簿には、初等部から大学までの学生の情報が載っている。婚約者の大学の学部と電話番号は掲載されているだろう。


「ええっと……『虹川月乃』と。……文学部、三年生か」


 前に瀬戸くんが私のノートに書いた名前を頼りに、探してみた。

 次は写真を撮影してくれる協力者探しだ。


 ♦ ♦ ♦


「ねえ、山井さん」


 私は隣の席でゲームをしている山井さんに、話しかけた。


「ん、ちょっと待って……。何?」


 山井さんはゲームを中断して私を見た。

 早速声を潜めて、計画を話してみた。


「え……そんなこと、出来ない、よ……」


 案の定、弱々しく断られる。でも私は隣の席だから知っている。


「お礼に今度発売されるっていう、有名メーカーの乙女ゲーム買ってあげる。私の家の近くの店で。限定版。店舗特典付き」

「え……」


 彼女はいつも、黙々と乙女ゲームをやっている。新作が出るたび買っているようだ。そこをついてみると、僅かに反応が返ってきた。


「限定版……? 店舗特典……?」


 反応に気を良くして、更に畳みかける。


「そうだよ。限定版で店舗特典付きで。受けてくれるなら予約もして、予約特典ももらってきてあげるよ」

「……今度の新作は、予約特典、魅力、ある……」


 食いついてきた!


「ね、いいでしょ? 私達、友達でしょ? お願い!」


 山井さんは、それでも若干躊躇っている。しかし小さな声で言った。


「……メーカー情報が載っている、ゲーム雑誌もいい……?」

「勿論! これで商談成立だね」


 ♦ ♦ ♦


 今度は瀬戸くんに、話を持ちかけた。


「え? 高等部の池へ案内してくれ?」

「うん。明日の昼休みどう? 私、入学してから、綺麗っていう噂の池を見たことがないから」

「まあ……いいけど」


 瀬戸くんの優しさに付け込む。ついでにとメモ帳を出した。


「ここに『瀬戸征士』って書いてくれないかな?」


 ♦ ♦ ♦


 計画通り池に案内してもらい、顔を寄せたところを山井さんに撮影してもらった。何枚か連写してあるのを確かめ、一番キスしているように見える写真を選ぶ。

 私は家に帰って、写真をプリントアウトした。

 次に白い封筒に、瀬戸くんがノートに書いた『虹川月乃』様、と字を真似して宛名を書く。『様』はちょっと自信がないけど、大丈夫だろう。裏には書いてもらった『瀬戸征士』を書き写した。これで瀬戸くんが、婚約者にキスの写真を送り付けた体裁になる。封筒に写真を入れ、更に怨念を込めて、瀬戸くんと婚約者の写真をびりびりに破いて入れた。


 ♦ ♦ ♦


 次の日、金曜日の朝一番。

 大学前で、門へ入っていく男子大学生を捕まえた。


「すみません。文学部三年の人に手紙を渡して欲しいんです」

「……俺、国際学部の三年なんだけど」

「お友達とかに頼んで、渡してもらえませんか?」

「まあ……、他の学部に友達いるから、頼んでもいいけどさ」


 気のいい人だったらしく、封筒を受け取ってくれた。

 念の為に、私は笑顔で言った。


「それ、ラブレターなんです。友達が書いたんですけど、渡すのを躊躇っていて。私が見かねて、黙って持ってきたんです。だからラブレターってことと、私が持ってきたこと、内緒で渡してくださいね。きっと恥ずかしがるから」


 嘘八百を並べ立てる。気のいい人はそれを聞くと、笑って頷いた。


「色々内緒なんだな。ラブレターなんて、恥ずかしいもんな」

「そうなんですよ。恥ずかしがりやで。なので、色々秘密でお願いします」


 男子大学生は、それなら、と言った。


「そういう事情なら、早目に手紙を渡さなきゃな。出来たら、今日中に渡してみるように努力するよ。……ええと、『虹川月乃』さん宛てね。友達に色々当たってみる。同じ三年なら、見つかると思うよ」

「是非、お願いします! ありがとうございます!」


 すごく、ラッキー!


 ♦ ♦ ♦


 放課後、帰り支度をしている瀬戸くんに話しかけた。


「瀬戸くん、あのさ。私、担任の先生に、このプリントをクラス人数分コピーして、それぞれ纏めてくれって頼まれたの。今日中に先生に渡さなきゃいけないんだけど、私急用が入っちゃってさ。瀬戸くんに、お願い出来ないかなあ?」


 前々から先生に頼まれていたプリントを押し付ける。


「え……? 僕も、用事があるんだけど」

「そこを何とか! 私、重要な用事なの。お願い!」


 両手を合わせて頼み込んだ。瀬戸くんは考え込んだ。


「まあ……女子には優しくしろって言われているし。僕の方の用事は何とかしてみるよ。志野谷は重要な用事なんだろ?」

「うん、とっても重要な用事なの」

「そこまで言うなら……」


 瀬戸くんはプリントを受け取ってくれた。帰り支度をやめて携帯を手にする。用事を断ってくれるらしい。


「ありがとう! ごめんね」


 プリントは枚数が多いから、多分なかなか終わらないだろう。これで今日は、もし瀬戸くんが婚約者と約束していても会えないはずだ。

 私は急いで、婚約者に電話する為に家へ帰った。

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